軍事起業家が売り込む「絶対安全」なスマホは実現可能か?
民間軍事会社「ブラックウォーター」のエリック・プリンス創業者が「絶対安全」なスマートフォンの発売を計画中だ。だが、本誌が入手した投資家向け資料にはありえない主張が散りばめられている。 by Patrick Howell O'Neill2022.09.11
米国の億万長者、エリック・プリンスの投資家への売り込みシンプルだが、確かに野心的だ。たった500万ユーロ(およそ7億円)の資金を支払うだけで、サイバーセキュリティとプライバシーという現代における最大の問題を解決できると言うのだから。
プリンスは、イラクの民間人殺害と米国政府調査官への脅迫で世界的に悪名を高めた民間軍事会社、ブラックウォーター(Blackwater)の創業者として有名な人物だ。そのプリンスが今、アップルやグーグルなどの支配的な巨大テック企業から解放された「言論の自由、プライバシー、セキュリティ」を保証するスマートフォンのスタートアップ企業、アンプラグド(Unplugged)を売り込んでいる。
今年6月、プリンスは販売価格850ドルの新しいスマホを公開した。しかし、それより前の2021年から、このデバイスを投資家に対し非公式に売り込んでいた。MITテクノロジーレビューが入手した未公開のピッチ資料によると、このスマホとオペレーティング・システム(OS)は、監視、傍受、改ざんに対して「侵入不可能」だと大胆に主張。専用のメッセンジャー・サービスは「傍受や解読は不可能」と謳っている。
アンプラグドが「巨大テック企業のマネタイズや分析から解放された初めてのOS」を作り上げたと不当に豪語するプリンスは、このデバイスが「政府機関レベルの暗号化」で保護されていると自慢する。そのうえ、ピッチ資料には、アンプラグドは世界中に配置されたデータセンターでホストされるため、「決して接続が途切れることはない」とも書かれている。データセンターのオプションの1つは、「イーロン・マスク(が経営するスペースXの衛星インターネット・サービス)のスターリンク(StarLink)に衛星経由で接続された、公海上の非公開の場所」を航行している「船の上」だという。アンプラグドの広報責任者は、「サーバーが特定の国の法律の適用を受けないメリットがある」と説明する。
アンプラグドの投資家向けピッチ資料は、ありえない主張、意味のないバズワード、あからさまなフィクションが雑多に混ざったものだ。
アンプラグドの製品は、過去10年間にわたってたびたび登場してきた、プライバシーとセキュリティに特化して作られたスマホの最新事例である。アンドロイドやアイフォーンよりも、利用者と利用者のデータをはるかに多く保護できと保証している。2013年にエドワード・スノーデンが米国のスパイ行為について暴露して以来、市場には少なくとも年に1台はこの種の新しいスマホが登場してきた。2014年にはその傾向がすでに顕著になっており、MITテクノロジーレビューは「超プライベートなスマホ」をその年にブレークスルーしたテクノロジーの1つとして取り上げている。そう、我々は間違っていた。この種のスマホを作ろうとする試みは、ほぼすべて失敗しているのだ。
アンプラグドは実機を提供しておらず、MITテクノロジーレビューが取材した専門家は実機を検証したりコードを解読したりできていない。しかし、入手した資料からは、アンプラグドが保証する内容は、実現には遠く及ばない可能性が示されている。
うますぎる話
「侵入不可能なデバイスはありません。それは長い時間をかけて証明されています」。こう話すのは、モバイルセキュリティ企業、ルックアウト(Lookout)のデビッド・リチャードソン副社長だ。
アンプラグドのデバイス「UPフォン(UP Phone)」のセールスポイントは、あらゆるスマホが実現できなかったセキュリティとプライバシーに関する膨大な数の保証で成り立っている。「政府機関レベルの暗号化」などのバズワードはある種の高度な保護をほのめかしている。しかし、政府機関も我々と同じ標準的な暗号化の方法を使っているという事実に、同社は決して触れない。アンプラグドは本誌の問い合わせに対して、「このメッセージは共感を得られていない」と認め、今後は使用しないと回答した。
「安全なスマホを巡っては、2つのことが起こっています」。サイバーセキュリティ企業のレコーデッド・フューチャー(Recorded Future)のサイバーインテリジェンス・アナリストのアラン・リスカは言う。「本当に安全なスマホを作ろうとする現実的な試みと、マーケティング上の表現として安全性を謳うことです。両者を区別するのが、本当に難しい場合があります」。
プリンスは投資家に対し、UPフォンは「合法的な傍受、監視、なりすまし機能に深い経験を持つエンジニア」によって作ら …
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