KADOKAWA Technology Review
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広がる公共交通機関のデジタル決済、死角はないか?
Robert K Chin/Alamy
Public transport is ditching cash—but here's why that's ok

広がる公共交通機関のデジタル決済、死角はないか?

米国の都市公共交通機関で、スマートフォンなどを使った非接触式の運賃支払いシステムへの移行が進んでいる。低所得者層などへの影響が懸念されるが、専門家はむしろよい影響を与える可能性が大きいという。 by Rachel del Valle2022.07.07

米国ペンシルベニア州のフィラデルフィア市を中心に公共交通機関を運営する南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)は、一部の運賃支払いにおいて、いまだにトークン(切符)の使用を認めている。しかし現在、米国のほぼすべての主要な大都市では、乗客がバスや地下鉄に乗る際にスマートフォン使っている姿が見られる。トークンからスマートフォンへの移行は急速に進んでいる。QRコード、小売店に事前注文してからの受け取り、食料品の宅配など、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的な流行)の前には消費者が無駄で複雑だとして受け入れなかった多くの仕組みと同様に、非接触による運賃支払いはその利便性が認められ、生活の一部として受け入れられつつある。

この移行は、スマートフォンやクレジットカードを持たない、恵まれない乗客にとって何を意味するのだろうか。特に大きな意味は持たないのかもしれない。テネシー大学土木・環境工学科のキャンデス・ブレイクウッド教授は、一部の交通システムでは今後も現金が残る可能性が高いと話す。連邦都市交通局(FTA)は地方公共交通機関が運賃の値上げを申請した際、低所得者層や未成年の乗客に運賃と不釣り合いな負担がかからないようにするため、多くの人が分け隔てなく利用できる都市交通網を要求しているからだ。そして、各都市がこの要件を満たすために必要とする運賃徴収の仕組みは、実はより多くの人にとって公共交通機関を利用しやすくするかもしれない。

例えば、バス車内の運賃支払機撤去を試みる場合、事業者は運賃自動販売網を拡大する必要がある。販売網には路上の自動販売機、コンビニエンス・ストアなどの全国小売チェーン、小切手換金所など地元の中小企業が含まれる。米国最大の公共交通システムがあるニューヨーク市では、すでにこうしたが動きが見られる。

ニューヨーク市では、磁気テープのついた紙のような薄さの「メトロカード(MetroCard)」から、近距離無線通信技術を使った非接触システム「オムニー(OMNY)」への転換を図っている。オムニーは「オープン・ループ支払」方式となっている。つまり、公共交通機関を利用するのに、特別なカードの購入やアプリは必要なく、手持ちの非接触型のクレジットカードまたはデビットカードや、デジタルウォレットを搭載したデバイスをかざすだけでいい。オムニーはまた、現金でチャージできる物理カードも選べ、従来の「クローズド・ループ支払」方式も利用できる。

ニューヨーク市の公共交通を運営しているニューヨーク都市圏交通公社(MTA)は昨秋、オムニーの販売・チャージ拠点として約1000のパートナーと提携したことを挙げ、小売ネットワークを「大幅に拡大」したと発表した。システムが完全に稼働すれば、販売拠点数は4倍にまで増えるという。

モバイル決済の利用増加は、公共交通機関の平等主義精神に反する動きに映るかもしれない。しかしこのテクノロジーは、これまで使うのが難しかった他のシステムと比べ、誰もが簡単にアクセスできる利点がある。「ある都市を初めて訪れたとき、最も買うのに苦労するのは公共交通機関の乗車券ではないかと思います」とジョシュア・シャンク博士は言う。シャンク博士は、インフラに関するコンサルタント企業、インフラストラテジーズ(InfraStrategies)で経営理念を担当し、カリフォルニア大学交通研究所(UCLA Institute for Transportation Studies)の上級研究員を務めている。

シャンク博士は、2015年にロサンゼルス郡都市交通局に「イノベーション・オフィス(OEI:Office of Extraordinary Innovation)」を設立し、今年1月までその責任者だった。彼は都市間や都市内における、自転車やキックボードの貸し出し、バス、電車といった異なる交通システム間の支払いの統合を究極の目標に据えている。賛否はあるだろうが、公共交通機関の黎明期に現金が果たした「どこでも使える」という役割を、非接触式のオープン・ループ決済が受け継ぐ可能性は高い。

レイチェル・デル・ヴァリはニューヨークを拠点とするフリーライター。

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