勝利の味はアイス味
味覚、臭覚はUIの未開拓地
舌で操作するビデオは、没入感のあるゲームになったか? by Christina Couch2016.06.29
今春のある土曜日のニューヨークの空港で、4人のゲームデザイナーはクーラーボックスに詰め込んでドライアイスで冷やした何百個ものひとくちサイズのアイスをセキュリティースキャナーに通し、運輸保安庁(TSA )の係官にアイスキャンディーは単なるデザートではないことを(アイスだけに)冷静に説明した。アイスは、3月14日から18日にサンフランシスコで開催されたゲームデベロッパーズ・カンファレンスで、3Dプリンター製のゲームコントローラーに1個ずつ取り付けられ、プレイヤーが舌で操作する凍ったボタンとして使われるのだ。
舌だ。1人用ゲームの「惑星ナメナメ」は、もとは2015年8月に開催されたオンライン・ゲームコンペLudum Dareで48時間かけて作り上げられた。プレイヤーは本当にアイスをなめて、ドット絵のモンスター型キャラクターを操る。高さ約4センチメートルのアイスの入った小さな金属製カップは、ゲームコントローラー内部の「メイキーメイキー基板」(何でもゲームコントローラーにする自作用の基板)に接続されており、コントローラーを持ったプレイヤーがコントローラーに盛り付けられた3つのアイスキャンディーの1つに舌で触れることで、動きがコントローラーにつながり、スクリーン上のモンスターを操作できる。グレープフルーツハニー、ピンクレモネード、ビーツのような特定の香りをなめると、キャンディーの色に対応するデジタルのアイス惑星の場面にモンスターを連れて行く。
このゲームはバカバカしく、商品になることはないだろう。コントローラーを制作した工業デザイナーのアンディ・アンも、惑星ナメナメは、お金もうけが目的ではないという。
「私たちの本当の興味は、ゲーム開発で通常は使わない他の感覚を検討し、攻略できる様々な食べ物を調べることなんです」
ゲーム開発者も研究者も、五感に訴えて夢中にさせる体験を作る努力を重ねる中で、味覚と嗅覚をゲームに取り込む、安全で実用的な方法を長い間探してきた。プラネット・リッカーは恐らく、食べられるアイスをボタンに使う唯一のゲームだ。
味わい深く、香り豊かなゲームを狙った他のテクノロジーとしては、舌に電気信号を送り、苦い・甘い・塩辛い・酸っぱいといった味覚をプレイヤーが感じるシンガポール国立大学の「エレクトロニック・ロリポップ」や、鼻と口を覆うマスクで、Oculus RiftやソニーのMorpheusといった実質現実ヘッドセットに繫がるFEELREAL VRがある。FEELREAL VRは、花、肉、焦げるゴムなど、最大7つの感覚に対応し、300ドルでユーザー自身がカスタマイズした匂いを作り出せる。
味覚や嗅覚のテクノロジーは、ゲームの遊び方を変えてしまうかもしれない。たとえば、体力を回復するおやつが近くにあると香りがしたり、臭いモンスターが攻撃してくる前に鼻で分かったりするのを想像すれば、その可能性はだいぶ大きいとわかる。だが、カーネギーメロン大学で感覚インタラクションデザインを教えるヘザー・ケリー准教授は、味覚と嗅覚を採り入れたゲームは、単に楽しいエンターテインメント体験になる以上に、健康とリハビリへの応用もある、という。
アフガニスタンへの派兵でPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ退役軍人の治療に使われている実質現実プログラム「バーチャル・アフガニスタン」は、視覚、聴覚、触覚に加えて、嗅覚刺激により、患者が戦闘で受けた心的外傷への反応をコントロールする方法を学ぶのに使われている。
一方スウェーデンでは、マルメ大学の研究者が嗅覚を使うゲーム「ノーズワイズ」で、人の嗅覚と特定の情景に関連した記憶を刺激し、アルツハイマー病や認知症などの疾患で起きる認知機能の衰退を抑えられるか研究している。
「もし『ゲーム』を自宅のテレビ画面で遊ぶソフトウエアに過ぎないと思えば、創造的で巨大なビジネスチャンスがひそむ広大な領域を見逃すことになります」(ケリー准教授)
味と匂いの再現は難しい。従来、この2つの感覚がゲームデザインから取り残されていたのは、衛生問題とアレルギーの心配など、いくつかの理由がある。惑星リッカーはこの問題への解決策でもあり、キャンディーはコントローラーの上面から飛び出ていて、プレイヤーはコントローラーそのものはなめずに済み、溶けて流れ落ちたキャンディーは金属製カップに溜まるから、こぼれたり病原菌が拡散したりすることを防げる。
ケリー准教授は、惑星ナメナメは味覚をゲームに取り込む「第1歩」としては上出来だとするが、現在ゲームで使われている視聴覚への刺激と同じレベルで味覚と嗅覚をゲームの演出として効果的に使う方法をデザイナーが考え出すまでには、まだ時間がかかるだろう。
ケリー准教授の感覚デザインで着目しているのは嗅覚だ。自身が2009年に作った馬がテーマのゲーム「シュガー」では、香り付きの液体が入った小びんが開き、加熱してプレイヤーに吹きかける「アクション嗅覚化装置」を使って、上手にプレイすると刈り取ったばかりの草の匂いが感じられ、失敗すると、本物の馬糞から採取して自作臭いをプレイヤーに吹きかけた。
だが、匂いがゲームに追加されただけでは「かつてない臨場感が生まれたり、匂いならではの情報を表現できたわけではなかった。ゲームの登場人物や出来事を思い出すため、あるいはフィクションで起きたことの記憶のきっかけに匂いはどう使えるのか? ゲームデザインはその方法論に到達していません。味覚についても同じです」とケリー准教授は語った。
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