BMWも投資する
夢の「電気燃料」ベンチャー
化石燃料並みは実現するか?
プロメテウス・フェエルは、大気中の二酸化炭素を回収して化石燃料に代わる安価な燃料を作れるとアピールしている。しかし、当初の予定は遅れ、まだ燃料を出荷できていない。近い将来、実現する日はやってくるのだろうか。 by James Temple2022.05.20
2021年の夏。カリフォルニア州サンタクルーズにある、とある倉庫を改造した駐車場に、投資家たちが集まった。
- この記事はマガジン「脱炭素イノベーション」に収録されています。 マガジンの紹介
会場ではプロメテウス・フューエルズ(Prometheus Fuels)の創業者兼最高経営責任者(CEO)であるロブ・マクギニスが、「マックスウェル・コア(Maxwell Core) 」をお披露目する準備をしていた。パイプ状の装置には、カーボン・ナノチューブを無数に使った膜が詰まっており、これがアルコールと水を分離する孔を形成している。
この日、装置は水とアルコールの混合液でいっぱいの水槽につながれていた。マクギニスCEOが技術の仕組みを説明すると、スタッフがハーレー・ダビッドソンのバイクの燃料タンクに燃料を注入した。膜を通して浸透したアルコールは、改造バイクを走らせられるほどの濃度に濃縮されたという。
その後、参加者たちはハーレーに試乗した。
それは、マクギニスCEOの魅力的なピッチの鍵となるテクノロジーの、劇場型のデモンストレーションだった。プロメテウスは、大気中から温室効果ガスを抽出し、それを従来の汚い燃料と同等の低価格のカーボン・ニュートラル(炭素中立)燃料に変換することで、世界の燃料セクターを変革しようとしている。
投資家たちは同社に投資した。プロメテウスの説明によると、BMWの投資部門、海運大手のマースク(Maersk)、ワイ・コンビネーター(Y Combinator)などから5000万ドル以上の資金を調達したという。すでに、アメリカン航空や他の航空会社に数百万ガロン(1ガロンは約3.78リットル)の燃料を販売する契約を結んでおり、持続可能な航空燃料への転換を目指す米国の取り組みとしてバイデン政権にも紹介され、注目を浴びている。また、昨年9月のベンチャーラウンド終了後に、15億ドル以上の企業価値が評価されたとも発表している。
この会社に残る問題点は何だろうか? それは、その高尚な宣言を実際に実現できる根拠がほとんどないということだ。
マクギニスCEOと同社のスタッフは、二酸化炭素を吸収する装置の付いたナノチューブ膜と、新型の電気化学電池を組み合わせた試作品を作成した。このシステムは、吸収した二酸化炭素をアルコールに変換し、濃縮することで、高価でエネルギー集約的な蒸留工程やその他のコストを不要にするという。
商業規模バージョンは再生可能エネルギーで稼働し、最後に工程が1つ追加される。アルコールを、合成ガソリン、ディーゼル、ジェット燃料に変換する工程だ。マクギニスCEOは、この方法で生成された燃料は、化石燃料由来の燃料と同等の「価格競争力」があり、生成過程で大気から除去された量以上に温室効果ガスを排出することはないと主張している。
この技術は、世界中が輸送用燃料を生産するために使っている巨大製油所とは似ても似つかないものになるだろう。同技術を用いた装置は、どこでも比較的安価に建設できるモジュール式の装置となる。昨年4月、プロメテウスは、2030年までに50万基のプラントを稼動させる予定だと発表した。その結果として、2020年代の終わりまでに年間500億ガロンの燃料を生産し、70億トン近くの二酸化炭素を削減するという。
もしこれらの燃料が、宣伝文句通りのコストと規模で生産できるようになれば、プロメテウスは世界のエネルギー市場を大きく変えるかもしれない。道路上を走っている自動車やトラック、そして世界中の船や飛行機からの排出を中和するための、簡単な方法が提供されることになるだろう。そして、化石燃料の採掘や石油精製所の建設を続ける必要性を減らし、石油資源枯渇と世界の石油依存を緩和することになるはずだ。
しかし、プロメテウスの主張に対して、研究者や起業家、ベンチャーキャピタルは疑いの目を向けている。MITテクノロジーレビューが入手した投資家向けプレゼンテーションに目を通した複数の専門家は、同社が掲げるコストを実現できるかどうか疑わしいという。
「笑っちゃいますね」と話すのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のエリック・マクファーランド教授(化学工学)だ。「テックバブルの再来です。多くの人々が、最終的に決してうまくいかない多くのものにお金をつぎ込んでいますが、これはその1つだと言えるでしょう」。
小さなスタートアップ企業が、最先端の化学と新触媒、画期的な膜を誰にも知られずに統合し、それを商業レベルにまでスケールアップ可能な、費用対効果の高い単一パッケージに仕上げられたことに対して、懐疑的な見方をする人もいる。彼らは、同社が完全に機能するシステムのデモを公開していないこと、このプロセスを査読済み論文として発表していないこと、潜在的な投資家たちにさえ仕組みについての詳細情報を提供していない、といった点を指摘する。
合成燃料を市場に送り出すという同社の目標が達成にほど遠いという事実により、疑念はさらに高まっている。マクギニスCEOは当初、プロメテウスは2020年中に同社の代替ガスを、給油所における燃料価格を下回る1ガロンあたり3ドルで提供すると言っていた。しかしそれから2年経っても、同社はまだ、今日の標準的な自動車で使える燃料を生成する統合装置を完成させていない。
こうしたことから、イェール大学で環境工学博士号を取得する前は演劇を専攻し、劇作家でもあったマクギニスCEOは、ちょっとしたショーマンなのだろうとの見方が一部で広がっている。彼の大胆な主張は、同社が取引を成立させるのに役立っているようだが、現実と誇張を見分けるのを難しくしていると、観測筋は言う。
MITテクノロジーレビューが取材した外部観測筋の多くは、二酸化炭素回収工場が、燃料を掘り起こすのと同じくらいの低いコストで燃料を生成できるようになるまでには、まだ数十年かかると見ている。中には永遠に実現できないと考える人もいる。
電気燃料
プロメテウスをはじめ、回収した二酸化炭素から燃料を製造するスタートアップ企業は、最終製品を「電気燃料(Electrofuels、e-fuelとも)」と呼ぶ。電力エネルギーを液体燃料に効果的に変換するためだ。このプロセスによって、気候変動対策のパズルに欠けたピースである、輸送部門全体が使える炭素中立なエネルギー源を実現できるとされる。
電池はたしかに電気自動車には適しているが、世界中の自動車やトラックが電気自動車になり、必要な充電インフラが整備されるまでにはまだ数十年かかるだろう。また、大型船舶や飛行機がすぐに電池で動くようになるとは誰も思っていない。
単純に、液体炭化水素燃料のエネルギー密度と利便性に勝るものはないのだ。アリゾナ州立大学のネガティブ・カーボン・エミッション・センター(Center for Negative Carbon Emissions)のメリット・デイリー研究員は、「液体炭化水素燃料は安価で、輸送、貯蔵、燃焼が簡単です」と言う。
電気燃料を使えば、既存インフラを使ってこのような液体燃料を使い続けることができ、生産過程で回収された量以上の温室効果ガスを追加的に排出することもない。電気燃料を生産する最も明確な方法は、収着剤や溶剤を使って二酸化炭素を回収する直接大気回収(DAC)プラントを建設することだ。電解槽で水を分解してクリーンな水素を生成し、これを炭素と反応させて炭化水素を作る方法もある。
これらはすべて単純な化学の話であり、プロメテウスの競合企業の1社であるカーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)が追求している方法でもある。2017年、カナダのブリティッシュ・コロンビア州に拠点を置く同社は、スコーミッシュにある試験プラントに、回収炭素から燃料を生産する機能を追加した。同社はまた昨年末に、ブリティッシュ・コロンビア州メリット近郊を予定地として、低炭素ガソリン、ディ …
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