暗号通貨「億り人」たちが
夢のビットコイン・シティを
中米に建設中
暗号通貨で巨額の資産を築いた投資家たちが、社会をゼロから構築する大胆な「ビットコイン・シティ」計画を中米で進めている。だが、コミュニティを豊かにするとの謳い文句とは別に、実際には搾取の歴史を繰り返すことになるかもしれない。 by Laurie Clarke2022.05.24
中南米のエルサルバドル共和国では毎日、改造したゴミ収集車が観光客を乗せてコンチャグア火山にあるエコツアーリズムの保養地に運ぶ。車は乗客を左右に揺らしながら、でこぼこした道を轟音とともに走る。山頂には太陽の光が降り注ぐ森が広がり、そこから深青色のフォンセカ湾の素晴らしい景観を一望できる。
保養地の名前は「山の精霊(El Espíritu de la Montaña)」。休火山に聖なる万物が宿り、時には蝶や鷲の姿となって現れるという、先住民レンカ族の信仰を反映している名前だ。所有者のルイス・ディアスは、7年前にこの地の開発を始めた。しかし彼がこの地に感じた静寂は、そう長くは続かないかもしれない。
2021年11月、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領はコンチャグア火山に華やかな「ビットコイン・シティ」を建設すると発表した。原生林を活力ある大都市に改造するための大規模な建設プロジェクトが、まもなく始まろうとしている。
政府が公表した完成予定図には、B字型の中央広場を中心とした円状の街区と、万華鏡を覗き込んだような色彩豊かな街路計画が見てとれる。地域経済はビットコインで運営され、都市に必要なエネルギーは火山の地熱エネルギーで供給するという構想だ。住民が支払う税金は、購入した商品・サービスに対してのみとなる。
この都市建設の資金調達のため、エルサルバドルは10億ドル相当の債券を 「火山債 (Volcano Bonds)」として米ドル建てで発行する。この債券で借り入れた資金の半分は、ビットコイン・シティの建設とビットコインのマイニング(採掘)に充てられ、残り半分はビットコインの購入に使われる。ビットコインの価格が上がれば、ある時点で債券の返済資金に充てられるかもしれない。
エルサルバドルのアレハンドロ・ゼラヤ財務相は4月上旬、この債券には15億ドルの需要があり、遅れていた発行も間もなく始まると述べた。ほとんどの債券は暗号通貨投資家によって購入されると予想され、投資家の一部は最大10万ドルの債権を購入すればエルサルバドルの市民権が与えられる可能性がある。
ビットコイン・シティが建設されれば、暗号資産(crypto)による世界を構築する夢は見事に実現するだろう。夢はそれだけにとどまらない。暗号資産投資家の中には、経済実験の場としての準自治区を創設するよう他国の政府に働きかけている人も増えている。彼らは暗号通貨を中心とした準自治区によって経済成長が促され、近隣コミュニティが豊かになると主張している。
だが中米では、これまでも外国人投資家が繁栄を約束して参入したものの、結果は土地を奪い、利益を収奪しただけだった。この地域には長い経済搾取の歴史がある。最も顕著な例は、20世紀前半の「バナナ共和国」だ。ホンジュラス共和国、グアテマラ共和国、コスタリカ共和国において、米国の多国籍企業ユナイテッド・フルーツ(United Fruit Company)が広大な土地を支配し、政治権力を掌握したのだ。最近では、国際的な衣料品製造会社のために作られた「輸出加工区」が、労働者の権利を侵害する労働搾取工場の中心地となった。
暗号資産による経済活性化の可能性を信じている政治家や住民がいる一方で、同じ歴史が繰り返されると考える人たちもいる。エルサルバドルにおける実験がビットコイン・シティという形で具体化してきている一方で、ホンジュラスでも同様の開発がすでに進行中だ。しかし、地元住民の反発によって先行きは危ぶまれている。推進論者は、さらに100カ所のビットコイン・シティを作り出したいと考えているが、こうしたプロジェクトが一体誰のためのものなのか、実験場となっている国々が本当に利益を得ることができるのか、疑問視する声が上がっている。
売り込み
「ビットコインの要塞」は長い間、草創期の暗号資産投資家や起業家を魅了してきた。暗号資産が爆発的に価値を増し、不換通貨システムが崩壊することは不可避であり、結果として富裕層の投資家は野蛮人から身を守るために要塞化された区画にこもらざるを得なくなるという考えだ。また、国家という概念から切り離された暗号資産は、課税や公的支出といった時代遅れの概念に縛られた伝統的金融システムから抜け出すための手段であると考える人もいる。
リバタリアン(自由至上主義)による自律的なミニ文明社会建設の試みは、少なくとも1960年代までさかのぼる。暗号資産はこの古い夢に現金と誇大広告を吹き込み、再び活性化させているのだ。
暗号通貨の愛好家たちは、以前にも独自のユートピアを構築しようとしたことがあるが、結果は散々だった。例えば、ビットコインの作成者とされているサトシ・ナカモトにちなんで名付けられた、「MSサトシ(MS Satoshi )」という失敗がある。MSサトシはリバタリアンのグループが、海に浮くビジネスパークとして購入したクルーズ船だが、6カ月も経ずに売却を余儀なくされた。クリプトランド(Cryptoland)という大失敗したプロジェクトでは、暗号通貨愛好家の楽園を作るため、フィジー共和国の島を手に入れようと1200万ドルの入札に参加したが落札できなかった。R&B歌手のエイコンが60億ドルの暗号通貨を利用してセネガル共和国に建設予定の「エイコン・シティ」は、まだ建設が始まっていない。
このような失敗があっても、世界中の国々で暗号通貨に適したコミュニティを建設するという大胆な計画を立てる投資家の波は途切ることはなかった。これらの計画には、しばしば経済特区と呼ばれる区域の設立が含まれる。経済特区の基本的な考え方は単純なものだ。規制が緩く、政府の監視がほとんどなく、税金も最低限の準独立区域を作り、自由市場に任せるというものだ。経済特区の推進者は、シンガポールやドバイ、深センを成功例として挙げることが多い(労働者の権利侵害や不平等は別として)。
ただ、現実はもっと複雑だ。経済特区は非常に多く存在し(70カ国5000カ所)、無数の要因が絡み合うため、一国経済に対する経済特区の影響を計算するのは難しい、と経済特区を専門とした顧問会社アドリアノープル(Adrianople)のティバウ・サレット調査責任者は話す。2015年のエコノミスト誌の記事は、当時設立されていた経済特区のうち、大きな成功を収めた例もいくつかあるが、多くは経済全体に広く恩恵を及ぼすことができず、完全に失敗したものもあると指摘している。 エルサルバドルの野心的な計画を実現するために用いられる手法は、肯定的に表現したとしても、これまでに成功と失敗の両方の結果をもたらしたものだと言える。
エルサルバドルのブケレ大統領は最初に、外国のエルサルバドル人が国内の家族に送金をするための手段としてビットコインを奨励した。ビットコインにより、国民は手数料を毎年4億ドル節約でき、銀行口座を持たない人々が金融システムを使えるようになる。人口約680万人の同国は昨年、ビットコインを法定通貨として認めると発表した。
一般市民への普及は遅れているが、世界の暗号通貨支配層を誘い出すマーケティングの準備活動としては、ブケレ大統領の売り込みは成功している。ビットコイン・シティは、この売り込みに欠かせない存在だ。ブケレ大統領の大胆な発表に惹かれ、暗号資産都市計画を望む多くの人がエルサルバドル政府との交流を深めている。
エルサルバドルのエル・ファロ紙によると、最も著名な推進者の1人がブロック・ピアスだった。暗号通貨促進のため2012年に設立 …
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