破られた量子暗号の欠点を
中国科技大の研究者が解決
ハッカーの侵入を許した量子暗号を物理学者が改良し、人類史上最強に安全なメッセージ送信手段が開発されたが。 by Emerging Technology from the arXiv2016.06.29
量子暗号テクノロジーは、情報をある地点から別の地点に経路で漏洩することなく送信する方法だ。安全性は物理法則が保証しており、実証もされている。少なくとも理論上は、宇宙が秘密を守る方法だ、といってもよい。
だが、実現はずっと難しい。最大の問題は、物理法則上は完全に秘密を保証できても、実際の装置には欠陥が起こりうることだ。たとえば、光子を1回に1個ずつ送るはずのレーザーが、何かの理由で複数の光子を送ると、秘密は保たれない。
この弱点をついてハッカーは量子暗号システムを破った。量子暗号テクノロジーの安全性は、理論物理学どおりには証明されていないのが現実の哀しさだ。
しかし、物理学者も負けてはいない。2010年に初めて量子暗号が破られてすぐ、情報を暗号化が特定の装置の動作に依存しない新しい量子プロトコルが考案された。「デバイス非依存量子暗号」と呼ばれるテクノロジーは、情報を表現するのとは別の量子状態をおとりにすることで、情報を安全に送信する方法だ。
だが、多くの研究チームがデバイス非依存量子暗号テクノロジーの開発に挑戦したものの、実際には期待通りに動作しなかった。200kn離れた場所に情報を送る試験の過去最高記録は毎秒0.018ビットで、通信速度が極端に遅いのだ。これでは量子暗号テクノロジーがどんなに完璧な安全性でも、実用性はまったくない。
ブレークスルーを起こしたのは、半導体工場が多いことで知られる中国安徽省合肥市にある中国科学技術大学の尹華磊研究員のチームだ。尹研究員は、デバイス非依存量子暗号テクノロジーの伝送距離を飛躍的に伸ばした実験結果を明らかにした。「あらゆる種類の量子鍵配送システムと比べてで、現時点の最長距離」(研究チーム)となる100キロメートル以上先に鍵を数キロbpsで伝送し、さらに低速では400km以上先に送信することに成功した。
量子暗号テクノロジーの安全性は、送信者と受信者が最初に共有する「一時鍵」をどう送るかにかかっている。一時鍵を安全に送信できれば、数学的に暗号鍵を使い回しさえしなければ絶対安全であることが保証されている「ワンタイムパッド方式暗号」により、メッセージを安全にやりとりできる。つまり量子暗号の開発は、物理学者が「量子鍵配送」と呼ぶ量子論的手法により、どう暗号に使う鍵を安全に交換するか、にかかっている。
また、研究チームの手法は、光子の検出方法に依存しないため、ハッカーが光子検出器に侵入した方法ではメッセージを盗聴できない。
この重要な進歩により、量子暗号テクノロジーの信頼は、部分的に回復する可能性がある。だが、この手法には部分的なデバイス非依存しか達成できない。研究チームが「計測非依存量子暗号テクノロジー」と呼ぶ今回の方法は光子検出器に依存しない暗号テクノロジーだが、送信機の他の部分に侵入される可能性が残るからだ。
物理学者は、データの送信前に送信機は安全な実験室にあり、侵入されていないことを試験で確認できると主張するが、今のところは、計測非依存量子暗号テクノロジーの研究を進めることだろう。
量子暗号の他の部分には、もっと重大な心配もある。量子送信機や受信機メーカーが、トロイの木馬式に、送信前のメッセージを記録する量子メモリーを組み込み、盗聴者にも送信する可能性も残るからだ。こうした侵入はデバイスを破壊しないと発見できないため、絶対安全な量子暗号の実現は難しい。実際、中国の研究チームの装置は、この問題を回避できない。トロイの木馬式の侵入に対抗する唯一の方法は、使い捨ての量子送信機と受信機を作って、1回だけ使うことだ。もちろん、非常に高価な方法なので、現実にはあり得ない。非実用的なので、その可能性は全く無いだろう。
計測非依存量子暗号テクノロジーは、現在のところ、安全にメッセージを送りたい人向けのテクノロジーとしては満足できる。物理法則が保証する「ほぼ完全に安全な」メッセージのやりとりが期待できる。ほとんど人にとってはこれで十分だ。
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