オミクロン株、遅すぎる「渡航禁止」に効果なし 長期的問題も
オミクロン株の発見が報告されて以来、多くの国々がウイルスの拡散を防ぐために渡航禁止を実施している。だが、こうした措置はあまり効果がないうえ、長い目で見ると不利益をもたらす可能性がある。 by Charlotte Jee2021.12.06
世界の国々は再び国境を封鎖しつつある。アフリカ南部で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のオミクロン変異株が発見され、11月24日に世界保健機関(WHO)に報告されて以降、50カ国以上が入国制限を実施している。ほとんどの国は、最初の症例を報告した南アフリカやボツワナを対象にしているが、近隣諸国も対象としている国もある。
これらはオミクロン株の感染拡大をくい止めるための措置であるが、大きな効果が見込めないうえに、タイミングも遅すぎる。オミクロン株は現在、米国、イスラエル、オーストラリア、サウジアラビア、香港、英国を含む欧州の多数の国々など24カ国で検出されている。しかも、これらの症例のうち複数は、南アフリカが警告を発する前に発生しており、例えばオランダではすでに1週間前にオミクロン株は存在していた。オックスフォード・マーティン・スクール(Oxford Martin School)のパンデミック・ゲノム科学のためのプログラム(Program for Pandemic Genomics)の共同責任者であるオリバー・ピーブス教授は、こうしたエビデンスから見てオミクロン株は10月後半から広まっていたのではないかとガーディアン紙に述べた。
こうしたシナリオの教訓に基づいてWHOは、全面渡航禁止は役に立たないと述べている。
12月1日、WHOは「全面的な渡航禁止は国際的な感染拡大を防ぐことができず、生活や暮らしに重い負担をかけます。各国が新変異株の報告や、疫学やシーケンシングのデータの共有をためらうようになることで、パンデミック下の世界の医療活動に悪影響を及ぼす可能性があります」との声明を出した。
短期的な渡航禁止は、かなり早い段階で実施されれば、時間を稼ぐ助けになり、資源の乏しい国々は公衆衛生面の措置を整えるチャンスが得られる。しかし、ウイルスが多数の国に無制限に広まってしまえば、常に事態を変えるには遅すぎる。2020年に米国疾病予防管理センター(CDC)は、パンデミックの初期段階でトランプ政権が実施した渡航禁止は、時期があまりにも遅すぎたため効果がなく、ウイルスはその時点ですでに米国の広い範囲に広まっていたと認めた。
2021年1月にネイチャー(Nature)誌に掲載された、海外渡航禁止のパンデミックへの効果を調べたモデリング研究によると、初期段階ではコロナの拡大範囲を抑えるのに役立ったが、米国内の新感染者において国内旅行者の占める割合はかなり少なく、すぐに効果はほとんどなくなったことが分かった。
実は、渡航禁止は問題を解決せず、ただ長引かせるだけだと、英ケンブリッジ大学の疫学者、ラギブ・ アリ医師は述べる。しっかり検査をすることの方が、はるかに効果があるという指摘だ。
「バランスが取れ、釣り合いの取れた対応が必要です。渡航を禁止するのではなく、オミクロン株が広まっている国から来る人々を検査し、隔離するのです」。
渡航禁止は、別の負の連鎖反応を生み出す可能性もある。南アフリカでは、ゲノム調査・監視に必要な科学的な薬品や機器の供給が絶たれ、現地でのオミクロン株の影響を研究するのが難しくなりつつある。南アフリカのダーバン市にあるクワズール・ナタール(KwaZulu-Natal)大学のトゥリオ・デ・オリベイラ教授(生物情報学)は、「来週までに事態が変わらなければ、シーケンシング用試薬が底をついてしまいます」と、ネイチャー誌で語った。
もっと大きな懸念は、今回のアフリカ南部諸国に対する各国の対応から、新たな変異株を検知したときには秘密にしておくのが一番いい、と他の国々が思うようになってしまうことだ。
「新たな変異株を見つけて罰を受けている国を見れば、必要なデータを共有する気がなくなるかもしれません。これは理論上の可能性ではなく、とても現実的に起こり得ることです」と、アリ医師は言う。
オミクロン株の後にも、懸念される変異株(VOC:variant of concern)は現れるだろう。そうした変異株が次に発生したときには、各国は把握している情報をできるだけ早く世界に共有する必要がある。全面渡航禁止は、そうした開示性を危険にさらすことになる。
WHOアフリカ地域事務局長であるマチディソ・モティ博士は11月28日、「アフリカを対象にした渡航禁止措置の実施は、世界の結束を傷つけるもの」と声明で述べた。
- 人気の記事ランキング
-
- What’s on the table at this year’s UN climate conference トランプ再選ショック、開幕したCOP29の議論の行方は?
- Why AI could eat quantum computing’s lunch AIの急速な進歩は 量子コンピューターを 不要にするか
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- シャーロット・ジー [Charlotte Jee]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」を担当。政治、行政、テクノロジー分野での記者経験、テックワールド(Techworld)の編集者を経て、MITテクノロジーレビューへ。 記者活動以外に、テック系イベントにおける多様性を支援するベンチャー企業「ジェネオ(Jeneo)」の経営、定期的な講演やBBCへの出演などの活動も行なっている。