KADOKAWA Technology Review
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メタバース、ネットの「分身」が生身に与える計り知れぬ影響
Daniel Zender
The metaverse is the next venue for body dysmorphia online

メタバース、ネットの「分身」が生身に与える計り知れぬ影響

フェイスブック(メタに社名変更)が注力する「メタバース」の世界では自分そっくりのアバターを作れるようになるという。自分にそっくりなアバターを作ることができるのは嬉しいかもしれないが、身体イメージの問題をさらに悪化させる可能性があると懸念する声もある。 by Tanya Basu2021.11.22

フェイスブックが掲げるメタバースのビジョンでは、人々はデジタルと現実が融合した世界で交流することになる。デジタルの自分が食事、会話、デート、買い物などをするのだ。これは、最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグが数週間前、社名をフェイスブックからメタ(Meta)に変更した際に描いたイメージだ。

フェイスブック創業者によるいつも通りのぎこちないプレゼンテーションでは、スキューバダイビングや会議をするザッカーバーグCEO自身のアニメ風のアバターが登場した。しかし、ザッカーバーグCEOは最終的に、生身の人間のようなはるかにリアルな見た目のアバターが登場し、現実世界と同様のさまざまな活動ができるデジタル世界に、メタバースをするつもりだ。

社名変更の発表時、ザッカーバーグCEOは「ここでの目標は、リアルなアバターと定型化されたアバターの両方を用意し、人々と一緒にいるという深い感情を生み出すことです」と述べた。

アバターが本当に登場するならば、自分自身をどのように他者に見せるのかについて、いくつかの困難な問題に直面しなければならない。私たち自身のバーチャル版であるアバターは、良くも悪くも、自分の身体に対する自身の感じ方にどのような影響をおよぼすのだろうか?

もちろん、アバターは新しい概念ではない。ゲーマーは数十年にわたってアバターを使ってきた。「スーパーマリオ」のカクカクした動きのピクセル化されたの箱形のキャラクターは、生きて呼吸する人間のように不気味に感情を表して動く、「デス・ストランディング(Death Stranding)」の超リアルなキャラクターに取って代わられた。

だが、特定のゲームの文脈を超えて、自分自身を表現する行動をアバターに期待する場合、アバターの使い方はより複雑な問題になる。オーバーオールと鼻にかかった声が特徴のマリオになることと、自分自身の代理や象徴、あるいは自分そのものとして行動するアバターを作ることは、まったく別の話だ。メタバースのアバターたちは、レースの宝物よりも高い賭けに参加することになるかもしれない。面談や会議では、アバターによる自己表現がより大きく、はるかに重要な役割を担う可能性がある。

一部の人にとっては、自分自身が誰であるかを反映するアバターは、自分を証明するための強力なツールになるだろう。だが、そのようなアバターを作成するのが、困難な場合がある。例えば、ゲーマーのカービー・クレインは最近、10種類のビデオゲームで自身に似たアバターを作ることだけを目的とした実験をした。

「私の目標はアバターの哲学を探究するのではなく、むしろ、現在のアバターで使える表現能力を探り、自分自身を正確に表現できるかどうかを確かめることでした」。「太った同性愛者で、性転換手術前のトランスジェンダー男性」を自称するクレーンは言う。

一部のゲームではキャラクターの身体を大きくすることができたが、太らせようとすると、奇妙なことに服がはち切れてしまった。他のゲームでは、胸のある男性を作れなかった。このことは男性であることを表現する唯一の方法が男性らしい身体を持つことだと示唆しており、クレーンは自身が隔絶されていると感じた。

結局、どのアバターも、クレーン自身を象徴するものには感じられなかった。しかし、その結果には驚かなかった。「不特定多数のゲーム開発者に、自分のあり方を認めてもらいたいわけではありません。ただ、既定の男性と、男性として認められる表現範囲の狭さは、私から人間性を奪うものでした」とクレーンは言う。

クレーンの実験は科学的なものではなく、メタバースが今後どのように作用するかを示すものでもない。だが、メタバースのアバターが、現実世界の人々の感情や生き方に対して、広範囲にわたる影響をおよぼす可能性がある理由の一端を示している。

問題をさらに複雑にしているは、フェイスブックの実質現実(VR)/拡張現実(AR)研究部門であるリアリティ・ラボ(Reality Labs)が、コーデック・アバター(Codec Avatars)というプロジェクトで、写真のようにリアルなアバターの開発に取り組んでいるというメタの発表だ。ザッカーバーグCEOは、感情を分かりやすくしたり、髪や肌のレンダリングを改善したりするなど、アバターをより人間らしい外見にする開発においてグループが成し遂げた進歩を強調した。

「人は必ずしも、自分自身とまったく同じ外見を求めるとは限りません」とザッカーバーグCEOは言う。「だからこそ、人は髭を剃ったり、着飾ったり、ヘアスタイルを整えたり、メイクをしたり、タトゥーを入れたりするのです。もちろん、メタバースでは、その他にもさまざまなことができるようになります」。

このようなハイパー・パーソナライゼーション(超個人化)により、これまでテクノロジーの限界を感じていたクレーンのような数百万人もの実際の体験を、アバターがリアルに表現できるようになる可能性がある。だが、人々はそれとは真逆に、思い通りだが不自然な自身のアバターを作成するかもしれない。キム・カーダシアンのような唇やお尻を膨らませた容姿にしたり、人種差別的なステレオタイプを演じるために肌の色を明るくしたり、容貌を完全に変えて氏素性をごまかしたりするかもしれない。

言い換えれば、自分のアバターが自身の人物像と異なる場合、何が起きるのか。それが、重要な問題になるのだろうか。

コロラド州立大学のジェニファー・オグル教授とソウル大学校のジュヨン・パク准教授は今年、アバターが身体イメージに与える影響の解明に役立つ可能性のある小規模な研究を実施した。2人は、身体イメージに関する不安を抱えているが治療は受けていない、18~21歳までの女性18人を募集して2つのグループに分けた。一方のグループはボディ・ポジティブ(自分の身体をあるがままに受け入れる)プログラムに参加した後、自分そっくりのバーチャル・アバターを作成してもらい、もう一方のグループはボディ・ポジティブ・プログラムに参加するだけにした。

結果、女性にとって自分自身を第三者の視点で見るのがいかに困難であるかが示された。ある女性は次のように述べた。「アバターの見た目が、気に入りませんでした。(中略)よく分かりませんが、ただ、自分はこんな外見じゃないと思いました。(中略)自意識過剰になったような感覚になり、ちょっと自己嫌悪に陥りました」。ボディ・ポジティブ・プログラムにより自己肯定感が一時的に向上したが、自分のアバターを見た途端にその効果はなくなったのだ。

これは、主にアバターでやり取りをして、交流する可能性が高いメタバースにとって良い兆候ではない。近く発表予定のメタのメタバースに関する論文の共著者であるノエル・マーティンも、同様の懸念を提起している。マーティンは、西オーストラリア大学の博士課程に在籍している法学者だ。「もし人々が3Dの極めてリアルなバーチャル・ヒューマン・アバターをカスタマイズしたり、あるいは、作り変えたり、フィルターをかけたり、自分のデジタル・アイデンティティを操作したりできる場合、身体醜形障害(些細な外見上の欠陥に極度にとらわれる)、自撮り異形症(自身の自撮り写真に満足しない)、摂食障害などに悩む人に影響を与える可能性が懸念されます。(中略)特に若い女性を中心に、『非現実的で達成不可能な』美の基準を生み出してしまうかもしれません」とマーティンはメールで述べた。

この懸念には根拠がある。フェイスブックは、インスタグラムが十代女性の身体イメージに悪影響をおよぼすことを示す社内調査結果を隠していたとして批判を受けている。 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、インスタグラム・アプリのコンテンツは体形やライフスタイルに集中しており、ユーザーは身体醜形障害を発症しやすくなると報道した。一方、主にアバターを通じて自己アピールすることが多くなるメタバースでは、傷つきやすい人々は自分の外見を変えなければならないとのプレッシャーを感じるかもしれない。さらに、メタバースのカスタマイズ可能なアバターは「人種的不公平と不平等を助長する」のに使われる可能性もあると、マーティンは話す。

メタのエロイーズ・キンタニージャ広報責任者は、潜在的な問題を会社は認識しており、「当社はアバターが前向きで安全な経験になるために、どれだけの(アバターの)修正が適切なのかなど、重要な質問を自分たちに投げかけています」と説明する。最近、独自のメタバース計画を発表したマイクロソフトも、アバターの使用について調査しているが、その研究は会議などの職場環境に重点を置いている。

子ども向けのメタバースで使われるアバターは、別の一連の法的および倫理的な問題を提起する。主要市場の対象を子どもとしたゲーム・プラットフォームの開発で大きな成功を収めているロブロックス(Roblox)は長い間、プレイヤー同士のコミュニケーションの主な手段としてアバターを使っている。ロブロックスは10月、独自のメタバース計画を発表した。同社の創業者でもあるデイヴィッド・バズッキCEOは、ロブロックスのメタバースは「なりたい自分に、ならなければならない」場所になると明言した。これまで、ロブロックスのアバターは遊び心に満ちたものだったが、バズッキCEOは完全にカスタマイズ可能なアバターを追求すると話した。「あらゆる体、あらゆる顔、あらゆる髪、あらゆる服、あらゆる動き、あらゆる美顔追求が揃っています。(中略)これらを適切に提供すれば、当社のクリエイターだけでなく、ユーザーの豊かな創造性が爆発的に高まると考えています」。

結局のところ、アバターは自分が他人からどのように見られたいかを象徴するものだ。だが、物事が否応なく間違った方向に進んだ場合、何が起こり得るのかがまだ検討されていない。アバターの背後にある人間の心の健康を脅かすことなく、人々が自分のアイデンティティに忠実でいられるくらいのリアルさを保つという、微妙なバランスを見極める必要があるテクノロジーなのだ。パク准教授は次のように話す。「(中略)メタバースを止めることはできません。だからこそ、適切な準備を進めるべきです」。フェイスブックの内部文書で明らかになったことがあるとすれば、ソーシャルメディア企業は自社テクノロジーによる健康への影響を十分認識しているということだ。しかし、脆弱な立場にある人々を保護するという面で、政府と社会の安全網は後れを取っている。

前出のクレーンは、身体醜形障害を抱えている可能性のある人に対して、リアルなアバターがおよぼすリスクを理解しているが、バーチャル世界で自分自身の姿を見られることは、言葉では言い表せない力を与えると話す。「私にとって、正確に表現された自分自身を見られる喜びは、自分がまともな存在だと信じる人が、自分だけではないことを意味します。開発者チームもまた、私のような外見を持つ人が存在する可能性に目を向けてくれている、ということです」。

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人間とテクノロジーの交差点を取材する上級記者。前職は、デイリー・ビースト(The Daily Beast)とインバース(Inverse)の科学編集者。健康と心理学に関する報道に従事していた。
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