民意を無視する選挙ハック
「ゲリマンダー」を防げ、
検証を支える数学者たち
選挙結果が自らに有利になるように選挙区の区割りを操作する「ゲリマンダー」が米国で横行している。数学者らは新たなコンピューター・ツールを開発し、アルゴリズムによる客観的な検証を実現しようと取り組んでいる。 by Siobhan Roberts2021.10.12
米国の連邦議会議員選挙や州議会議員選挙における選挙区の区割りは、しばしば中世の寓話集に登場する架空の生物のような形をしている。郡や行政上の区域、国勢調査における最も小さな区分などが恣意的に組み合わされ、奇妙な形の選挙区を形成する。
実は、有権者を抑制する法律や不正投票などよりも、選挙の結果として誰が当選するかに最も影響するのは、選挙区の区割りなのだ。「同じ票数を集めたとしても、区割りが異なれば結果はまったく違うものになります」とデューク大学の数学者、ジョナサン・マッティングリー特別教授(DP:Distinguished Professor)は話す。デューク大学のあるノースカロライナ州は、共和党と民主党の支持率が拮抗し、選挙のたびに勝利政党が入れ替わる「パープル・ステート」だ。「問題は、区割りが選挙結果にどのような影響をおよぼすのかが非常に重大である場合、どのように区割りをするのか、そして、その区割りが適切な選択だと誰が決定をしたのかです」。
この数カ月間、マッティングリー特別教授や彼と同じような考え方をする数学者たちは、米国国勢調査局(US Census Bureau)が8月12日に発表するデータに備え、忙しい日々を過ごしてきた。10年ごとに発表される、新しい国勢調査のデータを基にして選挙区は再編される。州議会議員(あるいは任命された委員会)が人口動態の変化を考慮して選挙区の境界線を見直し、新しい区割りを作成するのだ。
この選挙区の区割りの見直しに備え、数学者は、近年開発されたオープンソースのツールで、ゲリマンダリングを検出し、対処するアルゴリズムの精度向上に取り組んでいる。ゲリマンダリングとは、政治家が特定の政党が有利になるように不正に区割りを操作し、選挙結果を歪めてしまうことだ。不自然な選挙区の区割りにつながる悪質な行為だが、共和党は今回の区割りによって、2022年に下院を奪還するための道筋を確保するつもりだと公言している。
「今が試練の時です」。タフツ大学の数学者であるムーン・デューチン准教授は、メールでこう語った。デューチン准教授は、計量幾何学・ゲリマンダリング・グループ(Metric Geometry and Gerrymandering Group)を主導している。また、2018年に開発が始められたゲリーチェーン(GerryChain)という新しいツールに関する最近発表された論文の共著者でもある。このツールは、これまで2万回ダウンロードされている。
ハーバード大学の政治学者、今井耕介教授の研究グループは、「アルゴリズムによる選挙区再編方法論(ALARM)」と呼ばれるプロジェクトを中心に、「レディスト(redist)」というソフトウェアパッケージを、一般のデータ科学者でもできるだけ使いやすくなるよう改良に取り組んでいる。「この夏は2人の高校生がこのソフトウェアを利用して、分析をしています」と今井教授は言う。高校生の1人は、アラバマ州での選挙区再編がどのように実施されるかを調べている。
こうしたツールは、今後の政治的な闘いにおいて重要な役割を果たす。計算数学と定量分析により、ゲリマンダリングされた選挙区の区割りを特定する客観的で実用的な基準の提供、つまりアルゴリズムを利用した検証が可能となり、選挙区再編に大きな影響を与えるだろう。理想的には、どのように区割りをするのかに影響する可能性がある公開討論会や議員との協議など、すべてのプロセスで使用されることだ。しかし、おそらくより現実的で重要となるのは、区割り決定後に予想される訴訟で使われることだろう。「今回、我々が(選挙区再編で)何が起きているのかを議論するために、かつてないレベルの技術的能力を持つ初めての機会となります」とマッティングリー特別教授は話す。
サラマンダー状の選挙区
「ゲリマンダー(Gerrymander)」という言葉の由来は、1812年にまでさかのぼる。当時のエルブリッジ・ゲリー州知事に有利になるように区割りされたマサチューセッツ州の選挙区があまりにも奇妙な形をしていたため、その形状をトカゲの姿に似た空想上の生物であるサラマンダーに重ね合わせたのだ。知事の名前のゲリーとサラマンダーからの造語「ゲリマンダー」という行為(ゲリマンダリング)は、政治的な意図を持って選挙区の境界を操作し、選挙結果を操ることを意味している。
コンピューターを使って選挙区の区割りを作成するゲリマンダーは、1990年代に比較的よく見られるようになった。しかし、初期の選挙区再編用ソフトウェアは50〜100万ドルと、とてつもなく高価なものだった。現在、標準的に使われているのは、キャリパー(Caliper)の「マプティチュード(Maptitude)」というソフトウェアだ。1990年代後半に最初のパッケージ・ソフトウェア「マプティチュード・フォー・リディスリクティング(Mapptitude for Redistricting)」が発売されたとき、価格は2999ドルだった。現在はユーザーのニーズに応じて、1000ドルから1万ドルの価格帯が設定されている。
何十年もの間、マプティチュードを使い続けた1人が、「現代ゲリマンダーのミケランジェロ」と呼ばれ、長期にわたり共和党全国委員会の公式選挙区再編部長を務めたトーマス・ホーフェラー(2018年に死去)だ。
ゲリマンダリングの手法には、「クラッキング」と「パッキング」と呼ばれるものがある。クラッキングは、ある政党の票を複数の選挙区に分散させて勢力を弱めるものだ。一方でパッキン …
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