超大質量ブラックホール背後のX線を初検出、時空の歪みの証拠
スタンフォード大学の研究チームが、超大質量ブラックホールの背後から放出されたX線を初めて検出した。超大質量ブラックホール周囲の時空の歪みによるもので、アインシュタインの一般相対性理論が正しいことを示す新たな証拠と言える。 by Neel V. Patel2021.08.08
宇宙空間のガスがブラックホールに落ちる際には、膨大な重力エネルギーを解放することにより、電磁波を四方八方に放射する。これは降着円盤と呼ばれ、現在分かっている宇宙で最も明るい天体の1つである。しかし、これまで、超大質量ブラックホールに降着するガスの放射する電磁波(電波や光、X線など)が観測されたのは、輝いているガスが(私たちから見て)ブラックホールの手前にある場合だけで、背後にある場合は観測されずにいた。
ところが、ネイチャー誌で発表された新たな研究により、ブラックホールの背後で放射されたX線が初めて検出されたことが示された。このX線は私たちの視線方向からは見えないはずだが、ブラックホールの周りの時空が歪んで光路が曲げられたことにより検出されたものだ。アインシュタインの一般相対性理論が正しいことを示す証拠の一つと言える。
ウェイン州立大学の天文学者であるエドワード・カケット准教授(今回の研究には参加していない)は、「本当に興奮すべき結果です」と述べる。「周囲のガスによって反射されたX線が検出される『X線エコー』の特徴は以前にも見たことがありました。しかし、ブラックホールの背後で反射されたX線が時空の歪みで曲げられて私たちに届くX線エコーは、これまで識別できませんでした。今回の発見によって、物質がどのようにブラックホールに落ちていくのか、また、ブラックホールがどのように周囲の時空を曲げるのかについて、より詳細に研究することが可能になるでしょう」。
ブラックホールによるエネルギーの放出は、極めて強烈なプロセスだ(そのエネルギー放出は、時としてX線放射の形をとる)。超大質量ブラックホールが放出する大量のエネルギーは、周囲の銀河を成長させる原動力となっている。今回の研究の筆頭執筆者でもあるスタンフォード大学の天体物理学者ダン・ウィルキンス研究員は、「銀河がどのように形成されるのかを理解したいのであれば、ブラックホールの外側でこのような膨大なエネルギーとパワーが放出されるプロセスや、私たちが研究しているこの驚くほど明るいX線源について確実に理解する必要があります」と述べる。
今回の研究では、地球から約8億光年の距離にある銀河「アイ・ズウィッキー1(I Zwicky 1:I Zw 1)」の中心にある超大質量ブラックホールに焦点を当てている。I Zw 1のような超大質量ブラックホールでは、大量のガスが中心部(事象の地平線、そこを越えて内側に入ると光でさえ抜け出せなくなる境界面)に向かって回転しつつ落下することで、平らな円盤状になる傾向がある。そこでは重力エネルギーが熱エネルギーに変換されて極めて高温となり、その結果、高階電離したガス(プラズマ)と磁場の活動が合わさって高エネルギーX線が発生する。
発生したX線の一部は地球に向かってまっすぐ照射されているので、X線望遠鏡を使用して普通に観察できる。しかし、一部のX線は平らな円盤状のガスに向かって照射され、反射される。I Zw 1ブラックホールの回転は、一般的な超大質量ブラックホールよりも高い割合で減速しているため、周囲のガスや塵が落ち込みやすく、多方向からガスや塵がブラックホールに供給される。これに伴い、X線の放射量が時おり増加することに、ウィルキンス研究員らのチームは特に興味を持った。
このブラックホールを観測していたウィルキンス研究員らのチームは、X線のコロナが「閃光を放っている」ように見えることに気がついたという。X線パルスとして検出された閃光は、巨大なガスの円盤に反射されることでブラックホールの背後からも届いていた。通常では見ることができない場所だが、ブラックホールが周囲の空間を曲げているため、見つけられた。
この観測は、宇宙でX線を検出するために最適化された2つの異なる宇宙ベースの望遠鏡を使ってなされた。米国航空宇宙局(NASA)が運営する「ニュースター衛星(NuSTAR)」と、欧州宇宙期機関(ESA)が運営する「XMM-ニュートン衛星(XMM-Newton)」だ。
今回の発見の最大の意義は、アルバート・アインシュタインが1963年に一般相対性理論の一部として予言したこと、すなわち超大質量ブラックホールのような巨大な物体の周りで光が曲がる現象が確認されたことだ。
ウィルキンス研究員は、「ブラックホールの背後から曲がってやって来る光を直接観測したのはこれが初めてです。ブラックホールが自分の周りの空間を歪めてしまうことの証拠となります」と述べる。
今回の研究には参加していないマサチューセッツ工科大学(MIT)の天体物理学者エリン・カーラ助教授は、「この観測結果は、ブラックホールの降着(ガスや塵などが降り積もること)に関する私たちの一般的なイメージを変えるものではありませんが、一般相対性理論に基づく力がこうした天体で作用していることを確認する良い材料となりました」と述べる。
超大質量ブラックホールは非常に遠くにあるため、その名前にも関わらず、最先端の観測機器を使用しても一点の光にしか見えない。科学者が「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT:Event Horizon Telescope)」でM87(メシエ87)銀河の超大質量ブラックホールを撮影したように、すべてのブラックホールを撮影できるわけではない。
したがって、まだ初期段階ではあるが、ウィルキンス研究員のチームはブラックホール背後から曲がってやって来たX線エコーをさらに検出して研究することで、遠方の超大質量ブラックホールの部分的な像、ひょっとすると全体像さえ作成できるのではないかと考えている。そうなれば、超大質量ブラックホールがどのように成長し、銀河全体を維持し、物理学的法則が極限状態に達した環境を作り出すのかという、いくつかの大きな謎の解明につながるかもしれない。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。