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NYで始まった「ワクチン・パスポート」 残された課題は?
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We tried out the first statewide vaccine passport

NYで始まった「ワクチン・パスポート」 残された課題は?

ニューヨーク州では、新型コロナワクチンの接種を証明する「エクセルシオール・パス」の導入が進みつつある。しかし、技術的な不具合やプライバシーに関する懸念などが指摘され、そもそもこのシステムは誰のためのものなのかという疑念が浮かび上がっている。 by Rebecca Chowdhury2021.07.09

ニューヨーク市のマディソン・スクエア・ガーデンで6月20日に開かれたフー・ファイターズのコンサートには、およそ2万人のファンが詰めかけた。会場は、パンデミック以来初めて満員の観客を収容したが、完全に通常営業というわけではなかった。チケットを持つ来場者が入場するには、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを接種済みであることを証明する必要があったのだ。そのためには、紙のカードかニューヨーク州のエクセルシオール・​パス(Excelsior Pass)のいずれかが求められた。エクセルシオール・​パスは今年に入ってからリリースされたスマホアプリで、多くの議論を巻き起こしている。

現時点におけるエクセルシオール・パスのダウンロード数は約200万件で、ワクチン接種が完了したニューヨーク住民の10%程度にすぎない。アプリの導入は、困難な道のりとなった。不具合が絶えず発生し、プライバシーに対する懸念が生じたうえ、労働者階級の有色人種コミュニティの物質的なニーズを優先しなかった州政府の失策に対して怒りが噴出した。ワクチン接種の証明を求める企業に対する反発も発生している。しかし、こうした懸念にもかかわらず、ワクチン接種証明を求めることはニューヨーク市全体でさらに一般的になりつつあり、他の州も同様のパスの導入に関心を示している(詳細については、ワクチンパスポートの追跡記事を参照)。

それでは、このパスはどのように使われるのだろうか?

筆者は、ブルックリンのユニオンホールで数年ぶりのコメディショーを鑑賞するため、エクセルシオール・パスに登録してみた。先に結論をばらしてしまうと、それはスムーズな体験ではなかった。

アイフォーンにアプリをダウンロードするのは簡単だ。しかし、多くのユーザーと同じように、Webサイトに登録する際にエラーメッセージが表示された。自分のワクチン接種ステータスを照合できない多くの人が、このパスを利用できずにいる。同システムはワクチン接種済みであることを証明するのに州のワクチン接種記録を利用しているが、ワクチン接種会場におけるデータ入力エラーをはじめとしたデータベースの誤りによって、問題が生じてしまう。例えば、名前の綴りや誕生日が間違っていて、システムが記録を照合できないことがあるのだ。実際、照合に失敗した私は、エラーページの表示に従って紙のワクチン接種カードを注意深く見直しつつ、ワクチン接種会場の情報を正確に入力できているかを確認した。3回繰り返し入力したら、ようやく照合に成功した。

限定的な利用

私はエクセルシオール・パスを使う機会を見つけたものの、それは基本的にはスポーツイベントやジム、その他の高級レジャー施設に限定されていた。つまり、対象とするユーザーは限られているのだ。低賃金の仕事すら失い、失業状態のまま借金だけが増え続けている労働者階級のニューヨーク住民にとっては、高価なコンサートやバスケットボールの試合を観に行くことなど元より選択肢にない。

この点は、エクセルシオール・パスが財源の賢明な使い方と言えるのか、という疑念を抱かせる。ニューヨーク州はこれまで同システムに250万ドルを費やしており、プラットフォームを開発したIBMとの契約によると、今後3年間にかかるコストは1000万ドルから1700万ドルにのぼる可能性がある。これは、運転免許証の情報や年齢証明などのデータが、パスに追加される場合を想定した金額だ。

「このパスポート・プログラムは、パンデミックに関する州政府やクオモ州知事のあらゆる政策の延長線上にあるように感じます」。そう語るのは、ニューヨーク州全体の住民のために戦う組織の連合であるハウジング・ジャスティス・フォー・オール(Housing Justice for All)でキャンペーン・オーガナイザーを務めるスマシー・クマールだ。「州政府は、可処分所得が多い人々の生活を通常に戻したいだけなのです」。

また、このパスがより広く使用されるようになり、例えば職場や生活必需品を売る店舗に入る際に求められるようになると、プライバシーに関する疑念が生じてくる。

専門家たちが疑問視するセキュリティ

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