KADOKAWA Technology Review
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米国も資金提供、
危険なコウモリウイルス研究
なぜ武漢で実施されたか?
Ms Tech | AP
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Inside the risky bat-virus engineering that links America to Wuhan

米国も資金提供、
危険なコウモリウイルス研究
なぜ武漢で実施されたか?

中国の武漢ウイルス研究所は何年もの間、コウモリ由来ウイルスの組み替え体がヒトに感染することを実証してきた。米国も資金援助していた危険な研究はなぜ安全性の低い環境で実施されたのか。 by Rowan Jacobsen2021.07.15

米国のウイルス学者ラルフ・バリック教授は2013年、ある会合で石正麗(シー・ジェンリー)博士に声をかけた。バリック教授は、コロナウイルスに関して何百本もの論文を発表している世界的権威。一方で、石博士は武漢ウイルス研究所のチームの一員として、コウモリの洞窟でコロナウイルスを多数発見していた。石博士は、あるコウモリのグアノ(糞の堆積物)から、SARSウイルスに最も近い2種類のウイルスのうちの1つである「SHC014」という新種ウイルスのゲノムを検出したが、石博士のチームはSHC014を研究室で培養することには成功していなかった。

バリック教授はこの問題を解決するために、コロナウイルスの「逆遺伝学」という手法を開発した。この手法を用いることで、バリック教授は遺伝子コードから本物のウイルスを生み出せるようになっただけでなく、複数のウイルスの一部同士をつなぎ合わせることもできるようになった。バリック教授はSHC014から「スパイク」遺伝子を取り出し、それをすでに自分の研究室にあったSARSウイルスの遺伝子コピーに挿入したいと考えていた。スパイク分子は、コロナウイルスが細胞内に侵入するための機能を持つ。出来上がったキメラウイルスを使えば、SHC014のスパイクがヒト細胞に付着するかどうかを実証できる。

それが実証できれば、SARSウイルスに類似したウイルス全般に対する万能薬やワクチンの開発を目指すバリック教授の長期的なプロジェクトに役立つはずだ。バリック教授は、SARSウイルスに類似したウイルスがパンデミック(世界的流行)の原因になるという考えを強めていた。SARSワクチンはすでに開発されていたが、インフルエンザワクチンが新型株に対してほとんど効果がないように、SARSに類似するコロナウイルスに対する効果はあまり期待されていなかった。SARSに類似するウイルス全般に対して抗体反応を誘発する万能ワクチンを開発するには、免疫系にさまざまなスパイクの混合物を提示する必要がある。SHC014はその1つになるだろう。

バリック教授は、石博士にSHC014の遺伝子データを貰えないかと尋ねた。「石博士は快く、すぐに私たちにその遺伝子配列を送ってくれました」とバリック教授は言う。バリック教授の研究チームは、SHC014の遺伝子コードを用いて改変したウイルスを、そのウイルスに対するヒト受容体を発現させたマウスと、ヒトの気道細胞を含むシャーレに投与した。案の定、このキメラウイルスはヒト細胞内で「たくましく複製」した。この実験結果は、自然界には人間に直接感染するようなコロナウイルスがたくさん存在することを示唆することになった。

バリック教授の研究が進む中、米国国立衛生研究所(NIH)は、重症急性呼吸器症候群(SARS)や、コロナウイルスを原因とする別の感染症である中東呼吸器症候群(MERS)、およびインフルエンザについて、すでに危険なウイルスの感染力や毒性を高める「機能獲得」研究への資金提供を、その安全性が評価できるようになるまで一時的に停止すると発表した。この発表を受けて、バリック教授の研究は行き詰まった。

バリック教授はこの分野では伝説的な存在であったが、どんなに安全策を講じても、誰も知らない新型ウイルスが流出してアウトブレイクを引き起こす可能性は常に存在する。バリック教授は、研究室での徹底した対策により流出のリスクを最小限に抑えているし、自身の研究について、NIHが対象としていた高リスクのインフルエンザ研究とはまったく違うものだと感じていた。加えて、ラクダを媒介としたMERSの新たな感染者が中東で発生していたこともあり、自身の研究には緊急性があると感じていた。最終的に、バリック教授はNIHの同意を得て、研究を再開することができた。

バリック教授が2015年に発表した論文『A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence(コウモリの間で蔓延するSARS類似コロナウイルスのクラスターは、ヒトにも出現する可能性を示している)』は、最先端の遺伝子テクノロジーを駆使して、文明世界に迫り来る危険性を警告する非常に優れた研究だった。また、バリック教授の予想通り、この論文をきっかけに機能獲得実験に対する懸念が再燃した。バリック教授は論文の中で、自身が実施した追加予防措置を詳しく説明し、自身の研究をテストケースとして掲げた。「将来のアウトブレイク発生に備え、アウトブレイクを軽減できる可能性と、より危険な病原体を作り出すリスクを比較検討する必要があります」とバリック教授は書いている。「科学審査委員会は、蔓延しているウイルス株を利用してキメラウイルスを作る類似の研究について、続行するにはリスクが大きすぎると判断するかもしれません」。

NIHの判断は、そのリスクは冒す価値があるというものだった。NIHは、武漢ウイルス研究所で実施される、バリック教授の研究と類似した研究に資金提供すると決断した。この決断が運命を左右したかもしれない。武漢ウイルス研究所は、すぐに独自の逆遺伝学テクノロジーを用いて数多くのコロナウイルスのキメラを作った。

ただし、リスク計算を大きく変えることになった決定的な相違点には、ほとんどの人が気づいていなかった。武漢での研究は、バリック教授のバイオセーフティレベル3+(BSL-3+)よりもはるかに低いバイオセーフティレベル2(BSL-2)で実施されていたのだ。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生した原因はいまだに不明だ。石博士によれば、武漢でのアウトブレイク以前に、石博士の研究室で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に遭遇したことは一度もなかったという。しかし、米国当局が研究所からの流出事故の可能性を調査する必要があると発言したことで、武漢の研究所での安全性の低い研究に対して米国が資金提供していたことに注目が集まった。現在、バリック教授をはじめとする多くの科学者が、NIHの資金提供は失敗だったと声を揃えている。COVID-19とは関係がないとしても、危険性のあるコウモリウイルスの研究をBSL-2で許可することは「真のスキャンダル」だと、スタンフォード大学のバイオエンジニアであるマイケル・リン准教授は述べる。

ランド・ポール上院議員が2021年5月11日に、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長を長らく務めるアンソニー・ファウチに対して、米国が「スーパーウイルス」の研究に資金提供し、そのノウハウを中国へ提供するという「大きな過ちを犯した」と非難したことを受けて、中国で実施されていた高リスク研究に米国が資金提供していたことへの懸念が一気に国民的話題になった。ポール上院議員はファウチ所長に何度も詰め寄り、ファウチ所長が中国での機能獲得研究に資金提供したかどうかを明らかにするよう求めた。ファウチ所長はこの非難を否定し、「NIHはこれまで武漢ウイルス研究所の機能獲得研究に資金を提供したことはなく、現在も資金を提供していません」と断言した。

ファウチ所長の否定の根拠は、「SARS類似ウイルス、MERSウイルス、またはインフルエンザウイルスを、例えば空気中で拡散しやすくするなど、意図的に強化する研究」というNIHが示した一時停止措置対象の具体的な定義である。武漢ウイルス研究所の研究では、ウイルスの致死率を高めるという具体的な目標はなく、さらにSARSウイルスそのものではなく、実世界でのヒトに対するリスクが不明だったSARSウイルスの近縁種を使用していた。実際、そのリスクを特定することが研究の目的だった。ポーカーで手札の一部を新しいカードと交換する時と同様に、最終的なキメラウイルスが強いか弱いかを知る術はなかったのだ。

NIHは、まだ当時の意思決定過程について十分な説明をしていない。調査中であることを理由に、2014年から2019年にかけて武漢ウイルス研究所に約60万ドルを送った助成金のコピーを公開することを拒否している。さらに、機能獲得のリスクを評価するための新しいシ …

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