KADOKAWA Technology Review
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半導体不足、サプライチェーン崩壊が招く「ムーアの法則」の終焉
ASML
コンピューティング Insider Online限定
The great chip crisis threatens the promise of Moore's Law

半導体不足、サプライチェーン崩壊が招く「ムーアの法則」の終焉

ムーアの法則の存続が危機に晒されている。ただしそれは、集積技術が限界に達したからではなく、柔軟性にかけるサプライチェーンによるものだ。半導体業界はいまだに大きな需要のある古い世代のチップを作りたがっていないのだ。 by Jeremy Hsu2021.07.06

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが始まって1年が経つ中、アップルは、カスタム「M1」チップの搭載機種拡大を記念して大々的にアピールした。その中には、カリフォルニア州クパチーノにあるアップル本社の「宇宙船」キャンパスの屋上を若者が駆け抜け、建物に潜入してマックブックから画期的なマイクロプロセッサを「盗み」、アイパッド・プロにこれを搭載する様を描いた「ミッション・インプロウシブル(Mission Implausible、信じ難いミッションという意味で、「ミッション・インポシブル」に引っ掛けたもの)」 と題するテレビCMもあった。

量子時代のコンピューティング
この記事はマガジン「量子時代のコンピューティング」に収録されています。 マガジンの紹介

アップルが自社設計したカスタムチップは、 ムーアの法則が正しいことを証明する最新の事例だ。ムーアの法則は、観察された事実にもとづく自己達成的な予言であり、チップメーカーは、数年ごとにチップ上のトランジスタ数を2倍にすることができるというものである。M1は、大きな切手サイズのマイクロプロセッサーに160億のトランジスターを搭載しており、現在の半導体製造技術の粋を集めたものである。

しかし、アップルがM1を誇らしげに発表した時でさえ、世界は、経済に壊滅的な打撃を与えるマイクロチップ不足に直面していた。特に、今日のテクノロジーの多くを実現している比較的安価なマイクロチップの不足が顕著であった。

自動車メーカーは、1ドルのチップを十分に入手できないため、組み立てラインを休止したり、従業員をレイオフ(一時解雇)したりしている。また、苦肉の策として、ナビゲーションシステム、デジタルバックミラー、タッチスクリーン・ディスプレイ、および燃料管理システムなどに必要なチップを使わずに自動車を製造せざるを得なくなっている。世界の自動車産業全体では、2021年にはチップ不足により1100億ドル以上の損失が発生するおそれがある。

スマートフォン、ノートPC、ビデオゲーム機、テレビ、そしてスマート家電などの生産も、安価なマイクロチップが不足しているために滞っている。マイクロチップは必要不可欠で、しかも広範囲に使用されているため、チップ危機によって世界経済のパンデミックからの回復が脅かされるのではないかという見方もある。

世界的な品薄により、半導体業界は、より安く高性能なマイクロチップを本当に供給できるのかという点で厳しい目にさらされている。半導体の性能は向上し続けると長年にわたり約束されたことは、エンジニア、プログラマー、および製品設計者が何世代にもわたって新しい製品やサービスを生み出す動機となった。ムーアの法則は、半導体業界にとっては、単なるロードマップではなく、この半世紀にわたり、技術革新を支配してきたのである。

より強力なコンピューティングパワーがどこでも得られるという約束は今や崩れつつあるが、それは、チップメーカーが、より小さなトランジスタを作るテクノロジーの物理的な限界についに直面したからではない。むしろ、ムーアの法則を維持するためのコストが増大したことで、チップメーカー間の統合が促進され、チップ生産という非常に複雑なビジネスにさらなるボトルネックが生じているのである。

マイクロチップが多くの製品に欠かせないものになったにもかかわらず、その開発と製造は、今日のテクノロジーに欠かせない廉価品のチップを生産する能力(と意欲)が限られている、少数のメーカーが独占するようになった。さらに、チップの製造には何百もの工程が必要で、製造には数か月の時間がかかるため、半導体業界はパンデミックによる需要の急増に迅速に対応できずにいる。

シリコンウェハー上に数ナノメートルの微細な線幅を刻み付ける方法について、業界は何十年も腐心してきた。だが今、安価で高性能なチップがすぐに手に入るというムーアの法則の精神は、はるかにありふれたものによって脅かされている。それは、柔軟性に欠けるサプライチェーンである。

孤独なフロンティア

20年前、世界には最先端のチップを製造するメーカーが25社あった。しかし今日では、 最先端のチップを生産する施設や工場を保有しているのは台湾の台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)、米国の インテル、および韓国のサムスン だけになった。 また、長年にわたるテクノロジーリーダーであったインテルは、最新世代チップの生産開始が何度も遅れた結果、他社に追いつくのに苦労している状態にある。

メーカーの統廃合が起こった理由の一つは、最先端のチップを製造するための施設の建設に50億ドルから200億ドルの費用がかかることだ。これらの工場では、わずか数ナノメートル単位の線幅でチップを製造しており、業界用語ではこれを5ナノメートル・ノード(日本版注:ノードとは、チップ製造技術の世代のこと)とか、7ナノメートル・ノードと呼んでいる。新しい工場のコストの多くは、最新設備を購入するための費用で占められる。中でも、極端紫外線リソグラフィ(EUV:Extreme ultraviolet lithography)と呼ばれる装置は、1億ドル以上もする。ナノメートルサイズの線幅による微細な回路パターンをエッチングできるEUV装置を製造しているのは、オランダの導体製造装置メーカーであるASMLだけだ。

チップメーカーは、20年以上にわたってEUVテクノロジーに取り組んできた。そして数十億ドルを投じた末に、2018年に初めてEUV装置がチップの商用生産に使用された。機械学習に特化したオープン・エンジニアリング・コンソーシアム(open engineering consortium)のエグゼクティブディレクターであるデビッド・カンターは、「EUV装置は20年遅れで完成し、 …

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