崩れたシナリオ、
中国人教授を狙い撃ちにした
FBI捜査はどこで誤ったか
テネシー大学のフー准教授の起訴は、中国系米国人の経済スパイを摘発する目的で始まった米国の「チャイナ・イニシアチブ」に勝利をもたらすはずだった。しかし、裁判は評決不能となり、訴訟の継続すら危うい事態に陥った。FBIの強引な捜査への注目が高まり、司法省の責任を問う声も上がっている。 by Eileen Guo2021.07.27
中国系カナダ人である州立テネシー大学のアンミン・フー准教授は、2018年4月、米国連邦捜査局(FBI)の予期せぬ訪問を受けた。
中国政府は海外の研究者に対し、研究成果を中国に持ち帰るよう促す人材プログラム「千人計画」を実施している。FBIが知りたかったのは、フー准教授がプログラムに参加しているかどうかだった。
米国の大学は研究者に対し、比較的最近まで中国の学会との関係構築を奨励していた。だが今、米国政府は千人計画などの人材プログラムに疑いの目を向けており、中国政府が機微あるいは機密扱いのテクノロジーを盗むためのスパイを募る手段との見方を強めている。フー准教授はいかなる人材プログラムにも参加したことはないとFBIに話し、FBIの捜査員は間もなく立ち去った。しかし、FBIはそれから2年もしないうちに再びフー准教授の前に姿を現した。今度は逮捕するためだった。FBIはフー准教授が中国の大学との関係を意図的に隠し、米国航空宇宙局(NASA)、つまり米国政府を騙したと主張した。
フー准教授は中国との関係を隠したとして、ここ何年もの間、米国政府の捜査対象とされた多くの科学者(大半は中国系)の1人である。2018年以降、こうした捜査は「チャイナ・イニシアチブ(China Initiative)」というプログラムの下で進められている。チャイナ・イニシアチブは、中国政府とつながりのある経済スパイをあぶり出し、刑事訴追することで、スパイ行為の阻止を目指す複数の連邦機関にまたがるプログラムだ。
FBIのクリストファー・レイ長官の言う「米国に対する『最大の長期的脅威』」に対抗するために、米国政府はチャイナ・イニシアチブが必要だと主張している。しかし、活動家や法学者、国家安全保障の専門家は、チャイナ・イニシアチブは曖昧かつ効果も限定的な取り組みであり、大規模な人種プロファイリングを助長し、米国の科学コミュニティに深刻な打撃と被害をもたらすと主張している。
6月半ば、フー准教授はチャイナ・イニシアチブにおける最初の事件として裁判にかけられ、賛成派と反対派の主張が試されることになった。だが、裁判はわずか1日の評議で12人の陪審員が膠着状態に陥り、評決不能となった。
事件の捜査を主導したFBIのクジティム・サディク捜査官の証言は、有罪を導くには役に立たなかったようだ。捜査では、フー准教授とその息子を21カ月間監視下に置いたほか、航空機の搭乗禁止リストに追加し、コンピューターや携帯電話を押収している。地元のノックスビル・ニュース・センチネル紙(Knoxville News Sentinel)によると、サディク捜査官は捜査は誤った情報に基づくものだったと法廷で認めた。さらに捜査官は、フー准教授に関する虚偽の情報を広めたことも認めている。これによって国際的な研究コミュニティにおけるフー准教授の名声は傷つけられ、中国軍の工作員であるかのような印象を大学に与えた。結果、フー准教授はテネシー大学に解雇された。にもかかわらず、サディク捜査官が大学に連絡して情報を修正することはなかった。
裁判が始まった時点で、フー准教授の罪状には、チャイナ・イニシアチブによる捜査着手のそもそもの理由となる経済スパイ容疑は含まれておらず、6件の通信不正行為と(中国との関係に関する)虚偽申告が告発されていた。虚偽申告の根拠は、テネシー大学の学内文書において、フー准教授が北京工業大学との関係を意図的に隠すために不正確な内容を記入したことだという。フー准教授と弁護士は大学の規則に従って文書に記入したと主張し、他の複数の文書のほか、テネシー大学やNASAとの契約に関するメールでのやり取りを持ち出して反論している。
司法省は今後の対応について検討中としているが、再審を要求する可能性もある。
米国政府がフー准教授の追求を続けるかどうかにかかわらず、政府のやり方を憂う多くの研究者は、チャイナ・イニシアチブが規則や条件を後から秘密裏に覆すことを懸念している。しかも、疑いを受けること自体を避けるための明確な方法は示されていないのだ。
「本当にショッキングなことです」。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院のヤーシャン・ホアン教授は言う。ホアン教授は、同僚でMITの機械工学科のトップを務めていたチェン・ガン教授が、チャイナ・イニシアチブの下で助成金詐欺を働いたとして逮捕された後、問題を話し合うために「アジア系米国人学者フォーラム(Asian American Scholar Forum)」という学者グループを立ち上げた。「人を深刻な犯罪で起訴して投獄する基準が、信じられないほど低いのです。そして、その人の人生をめちゃくちゃにして、キャリアを潰してしまうのです」とホアン教授は言う。
「今回の裁判は連邦政府のチャイナ・イニシアチブを、文字どおり裁判にかけるものです」。非営利団体、米国華人連合会(United Chinese Americans)のジンリャン・カイ会長はメディア向けの声明でこう述べた。「政府は、裁判によって明らかにされた我が国の法執行機関のあらゆる問題点をすべて調査しなければならないでしょう」。
「社会全体」の脅威
チャイナ・イニシアチブが開始されたのは2018年11月。トランプ政権が経済保護主義を強化し、中国との貿易戦争が激しさを増していた最中だ …
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