マイクロソフトはなぜブロックチェーンに投資するのか?
マイクロソフトは、アジュール上で動作するブロックチェーンを金融機関向けに開発している。なぜビットコインとは別のブロックチェーンを開発する必要があるのだろうか? by Tom Simonite2016.01.24
2016年1月下旬、UBSやクレディ・スイス等の巨大銀行11行が参加したコンソーシアムは、電子マネー「ビットコイン」から着想を得たソフトウェアを使って資産をより効率的に移動できるアイデアの最初の実験を完了した、と発表した。実験を取りまとめたR3 CEVは、マイクロソフトのクラウド・コンピューティング・プラットフォーム「アジュール(Azure)」上で、ビットコインに触発されたソフトウェア「イーサリアム」を動作させており、実験には、マイクロソフトによる非常に大きな新しいビジネスチャンスの試行の側面がある。
多くの大手銀行は、いわゆる「ブロックチェーン・テクノロジー」を検討中と発表(”Banks Embrace Bitcoin’s Heart but Not Its Soul“参照)しており、サンタンデール銀行(スペインの商業銀行)は、ブロックチェーンによって銀行業界は年間200億ドルの費用を削減できると予測している。つまりマイクロソフトは、金融機関にアジュール上でブロックチェーンのソフトウェアを実行して欲しいのだ。最近アジュールは、スタートアップ企業数社と提携し、銀行等の大手企業向けにブロックチェーン・ソフトウェアの開発に着手した。
マイクロソフトのプロジェクト責任者マーリー・グレイ(アジュール部門で金融業界向けのテクノロジー・ストラテジストを務める)は「金融機関向けには大きなチャンスがあると考えています」という。「金融インフラにとって、企業規模で使えて、企業用の品質が担保されたインフラであることは、今後数年でブロックチェーンを使う上で、不可欠の要素になるはずです」
ブロックチェーンへの関心が急に高まった背景には、ビットコインの取引を検証し記録するソフトウェアの独特な手法がある。それぞれの取引は、銀行の巨大中央コンピューターではなく、世界中のコンピュータ・ネットワークによって維持される公開台帳(public ledger)の「ブロックチェーン」に記録される。さらに暗号ソフトウェアにより、取引が生じるごとに記録を検証し、中央コンピューターの存在なしに、取引記録が改ざんされないようになっているのだ。
つまり銀行はビットコインを扱いたくてブロックチェーンを使っているのではなく、通貨や債権、デリバティブのような従来の金融資産の取引を、巨大コンピューターに巨額の投資をせずに記録したいのだ。スタートアップ企業や銀行は、たとえばブロックチェーンにシンプルなコンピューター・プログラムを追加し、特定の取引が成立したときに自動で支払う仕組みを実現する「スマート契約」構想も検討している。
ビットコインは、公開された、誰の所有物かもわからないコンピューターで構成されているが、金融機関としては、金融業界用のブロックチェーンの秘密性が高いコンピューターを使いたい。業界向けのブロックチェーンを使う企業それぞれが、システムを維持するソフトウェアを運用するのだ。マイクロソフトのクラウド・サーバーを使えば、銀行はより簡単にブロックチェーンを運用・管理でき、信頼性が向上する、とグレイはいう。
「アジュールだけで実現するとは思いませんが、バックボーンにはなるでしょう」とグレイはいう。マイクロソフトの「サービスとしてのブロックチェーン」によって、企業が自社に何が適しているかを検討する際、さまざまな手法でブロックチェーンを簡単に試せる、とグレイはいう。
金融機関がブロックチェーンに大きな関心を寄せているにも関わらず、ブロックチェーンはまだ実用段階には達していない。IBMやシスコシステムズ、インテルは、最近オープンソース版ブロックチェーン・ソフトウェアを開発するプロジェクトを立ち上げた。しかし、この構想で開発されたバージョンの大半はスタートアップ企業によるもので、まだ製品をテストし改良している段階にとどまっている。
銀行が大いに期待している一方、開発が初期段階にとどまっていることのギャップにより、ブロックチェーンは過大評価されているのでは、と疑念が持たれている。アクセンチュア等の提携企業が試験中の暗号化台帳ソフトウェアを開発したリップル(Ripple)のクリス・ラーセン最高経営責任者(CEO)は「マイクロソフトは、この業界が進む方向に信頼性を与えてくれます」として、マイクロソフトの研究により、そうした懸念は払拭されるだろうという。先月から、マイクロソフトはリップルの台帳テクノロジーの「ノード」のひとつを稼働させた。
とはいえ、ブロックチェーンが単なる実験で終わらずに、マイクロソフトの重要な収益源になるには、ブロックチェーンは企業データを管理する従来の手法と同じくらいの実用性と信頼性を備える必要がある。
「世界のオラクルやSAP等のインフラ企業と私達を比較する必要があります」とマニホールド・テクノロジー(Manifold Technology)のクリス・フィナンCEOはいう。マニホールドはカナダロイヤル銀行等の提携先とブロックチェーン・ソフトウェアを試験しており、マイクロソフトのブロックチェーン・プラットフォームにも参加している。「なぜこの種のインフラが効率的なのか私たちは証明する必要があるのです」
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- トム サイモナイト [Tom Simonite]米国版 サンフランシスコ支局長
- MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。