日本で初開催となる「Innovators Under 35 Japan」は、MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワード「Innovators Under 35」の世界で7番目のローカル版だ。
このアワードで、宇宙開発を含む「輸送」領域の専門家として審査員を務めるのは、宇宙飛行士であり、現在は一般社団法人スペースポートジャパン代表理事、内閣府宇宙政策委員会委員として公共・民間の両面から宇宙ビジネスに関わる山崎直子氏だ。10月20日、MITテクノロジーレビュー[日本版]上で山崎氏に公開インタビューを実施。宇宙ビジネスの動向や若きイノベーターへの期待について聞いた。聞き手は角川アスキー総合研究所の遠藤諭主席研究員。
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世界の宇宙ビジネス市場規模は40兆円、新ビジネスの兆し
遠藤 宇宙ビジネスと一口に言っても、実際はいろいろな関わり方があると思います。宇宙ビジネスにはどんなものがあり、最近の宇宙ビジネスを山崎さんがどのようにご覧になっているかを教えていただけますか。
山崎 世界の宇宙ビジネスの規模は現在、約40兆円規模と言われています。これまでの年5%程度の成長率は今後も続き、2040年頃には100兆円ないし160兆円規模になると予想されています。
宇宙ビジネスは、大きく4つの分野に区分できます。1つはロケットなどの打ち上げサービス。2つ目は、人工衛星などの製造。3つ目は、衛星データを利用したビジネス。これは、人工衛星から地球を撮影した画像やセンサーで観測したデータを私たちの生活に生かすものです。天気予報やナビゲーションもそうですし、農林水産業や防災などさまざまな分野に衛星データが生かされています。実はこの「衛星利用」と人工衛星の地上局設備とを合わせて全体の半分以上を占めていて、今後も伸びていくだろうと言われています。
そして4つ目が、新規マーケットと呼ばれる分野です。例えば、アルテミス計画で言われるような月・小惑星探査をビジネス化しようとしていたり、無重力実験環境のサービス、衛星の修理などの軌道上サービス、宇宙旅行ビジネス、宇宙の近くを通りながら他の都市に移動したりものを運んだりする高速輸送手段として宇宙を利用するビジネスなど、宇宙に関わる新しいビジネスの兆しが見えています。
宇宙旅行・輸送はどこまで来ているのか
遠藤 宇宙旅行の話題を報道でもよく見ますが、現時点でどこまで進んでいるのでしょうか。
山崎 米国に本社を置くヴァージン・ギャラクティックは昨年上場を果たしたことで話題になりましたが、2021年には旅客を乗せた商業運航を開始すると発表しています。
実は国際宇宙ステーション(ISS)には、すでに7名の民間人が訪ねています。ただ、1人当たりの旅行費用は数十億円というとてつもない額でした。
ヴァージン・ギャラクティックなどが開発しているのは「サブオービタル(準軌道)」と呼ばれるもので、飛行機のような機体の宇宙船が地上100km付近まで飛び、5分ほど宇宙空間に滞在して地上に戻ってくる宇宙旅行です。滞在時間は短いながら、価格を2000万円程度にまで下げ、宇宙旅行をより身近にすることを目指しています。
遠藤 山崎さんが代表理事を務めるスペースポートジャパンも、宇宙旅行に関わるものなのですか。
山崎 スペースポートジャパンは、宇宙旅行だけではなく、ロケットエンジンを積んだスペースプレーンを飛ばし、宇宙近くを経由して目的地に到達するという「高速二地点間輸送」または「P2P(Point-to-Point)輸送」についても構想しています。空港のようなものをイメージしていただければ分かりやすいかと思います。運ぶのは、飛行機と同様に人の場合もあり、貨物の場合もあります。
スペースX(SpaceX)が2017年に「ニューヨークと上海を40分以内で結ぶ」という構想を発表しました。将来的に世界の主要都市を宇宙機(注:スペースXの場合は垂直離発着型なためスペースプレーンとは呼ばない)で結ぶ構想で、それが実現すると人や物の流れが今と大きく変わるだろうと考えられています。
そのときに、アジアで上海だけがハブになるのではなく、やはり日本にもいくつかハブができることが望ましい、そう考えて、早期から準備するために一般社団法人スペースポートジャパンを設立しました。
遠藤 日本でスペースポートに名乗りを挙げるところは出てきているんですよね。
山崎 はい。北海道の大樹町では以前から構想を発表されていますし、大分空港と、沖縄の下地島空港は既にある3000mの滑走路を活用する計画を挙げています。飛行機のような機体の「水平型」スペースプレーンの離着陸には3000mの滑走路が必要ですが、それを備えた空港は国内に複数ありますし、これから地方中核都市の役割も大きくなりますし、関東圏内にもあることが望ましいだろうということで、ほかにもいくつかの自治体と話し合いを進めています。宇宙旅行はそろそろ開始されますし、2030年代には世界的にP2P輸送が始まる予定であり、日本でも早急に整備しておきたい考えです。
遠藤 そのスペースポートの周辺にビジネスが起こることを見込んでいるわけですか。
山崎 スペースポートシティ構想の「シティ」はそういう意味を含んでいます。最初は既存の空港を活用してのスタートですが、周辺に航空宇宙産業だけでなく物流、教育、医療関係などが集積する、さまざまな産業のハブになれたらいいなと思っています。そうした動きを、政府とも環境整備の議論をしながら、民間主導で、自治体の皆さんとも一緒に進めています。
各国の宇宙開発・宇宙ビジネスの違い
遠藤 宇宙ビジネスに乗り出している国として、米国、ロシア、欧州各国のほか、今だと中国やインドも挙がると思いますが、各国での取り組みに傾向の違いはあるのでしょうか。
山崎 スペースポートに関して言えば、米国ではすでに12のスペースポートが連邦航空局(FAA)から承認を受けています。他にもいくつか申請準備をしているところがあり、これからもっと増えていく見通しです。
ほかに、英国でも今スペースポートを作ろうとしていますし、イタリア、スウェーデン、ドバイなどでも計画が立ち上がりつつあります。シンガポール、マレーシアなどが関心を示しており、具体的な動きはこれからですが、アジアでもいくつか出てくると思います。
遠藤 それ以外の分野はいかがですか。
山崎 米国では民間の動きが活発ですけれども、実は中国でも最近、民間の宇宙産業が大きな動きを見せています。打ち上げ、輸送分野に特に力を入れているようで、ロケットベンチャーが300億円規模の資金調達をして打ち上げを成功させているほか、高速二地点間輸送の構想もあると聞きます。
インドはまだ国が主導している部分が大きいですが、周回探査機で火星を探査する計画をアジアで初めて成功させました。有人宇宙船も独自に国が開発しており、完成すれば、ロシア、米国、中国に次ぐ4番目の有人宇宙船保有国になる可能性が高いです。
欧州は、多角的な外交を通じた国際協調路線が特徴的です。ISSでも主要な役割をしていますし、アルテミス計画に署名をした主体は英国、イタリア、ルクセンブルクの各国ですけれども、アルテミス計画で使われる有人宇宙船の開発には欧州宇宙機関として参入しています。また、米国や日本は中国との政府間協力を避けていますが、欧州は中国とも協力しています。
宇宙ビジネス拡大のカギは「輸送コスト」
遠藤 日本の取り組みはいかがでしょうか。
山崎 日本の宇宙ビジネスの特徴は、90%以上が官需であること。国の宇宙開発関連の予算規模は、年間3500億円ぐらいで、米国の約15分の1、欧州の3分の1ほどです。ただ2021年度は、5440億円で概算要求を出してはいます。
世界の宇宙ビジネスの市場規模が40兆円と最初に申し上げましたが、その中で国家予算は6兆円弱。世界的には民間のシェアが圧倒的に大きいのですが、日本は逆で、官需の割合が非常に高い。
遠藤 それは構造的には伸びしろがあるとも言えそうですね。
山崎 まさにこれから民間の活動が期待されるところです。
日本の民間企業では、例えばアクセルスペースが人工衛星50機のコンステレーションで1日1回は地球上の任意の点をくまなく観測し、そのデータをさまざまな業界の企業に提供する事業を目指しています。これは、いわゆる衛星利用の分野ですね。
コンステレーションとは、多数の人工衛星を協調して1つの群として運用するシステムのことです。スペースXなどは1万2000機の人工衛星をコンステレーションで打ち上げて全世界をインターネットでつなぐことを計画しており、すでに1000機弱が打ち上げられています。
そうすると、ある一定の割合で人工衛星が壊れたりします。その時に、壊れた人工衛星を修理するか、そうでなければ邪魔になるのでゴミとして除去しなければなりません。この軌道上の宇宙ゴミ(デブリ)除去に取り組んでいるのが、日本のアストロスケールというスタートアップです。
また、これも日本のスタートアップですが、月への輸送・月探査を計画しているispaceは、シリーズAで100億円の資金調達をして話題になりました。これだけの規模感で民間企業が出てきているのは、すごいことだと思います。
日本で初めて高度100kmの宇宙空間にロケットを到達させたインターステラテクノロジズも注目されています。同社が目指す輸送コストの低減化が、今後の宇宙開発が加速するかどうかの分岐点だと私は思っています。
従来は、1kgのものを宇宙に運ぶのに100万円かかるというコスト感覚でした。しかし今は、スペースXなどがより低コストの、且つ再使用型のロケットをつくるようになり、コストを5〜6割にまで落とそうとしています。日本で低コストの輸送が確立されれば、宇宙ビジネス全体に弾みがついてくるはずです。
「鶏が先か、卵が先か」と同じ話で、需要があるからコストが下がる面と、コストが下がるから需要が喚起される面があり、どちらが先かという議論はあります。ただ、恐らく両者が相乗効果をもたらしながら同時に進んでいくことになるでしょう。需要とコストの分岐点が、これから5〜10年の間に来ると思います。
宇宙は多様なイノベーターを求めている
遠藤 山崎さんがお考えになる「イノベーター」の条件とはどのようなものですか。
山崎 イノベーションって、幅広い領域にありますよね。技術もそうですし、モノを作るプロセス、マーケット、サプライチェーン、組織などさまざま。ですから、たくさんの人が「イノベーターの条件」を持っていると私は思います。本当にイノベーターになれるかどうかは、アイデアの実現に向けて行動できるかどうかにかかっていると思います。
遠藤 アイデアはあってもサボりがちなんですが(笑)、どうすればいいでしょう。
山崎 まさに「Innovators Under 35 Japan」に応募するのも1つの行動だと思います。きっかけは何でもいいのですが、行動すると、刺激を受けたりいろいろな人と出会ったりして活動がさらに広がります。たくさん失敗も繰り返しながら、どんどん行動を起こしてほしいですね。
遠藤 特にUnder35の若い世代に期待することはありますか。
山崎 新しい風を起こしてほしいですし、より「多様性」を持ってほしいなと思います。
先ほど輸送コストの話をしましたが、技術でコストを下げるのではなく、「いかに宇宙へ持っていくものを減らすか」という考え方もありますよね。実際に、人工衛星は小型化の動きがありますし、例えば遠隔操作できるロボットを持っていく、あるいは情報のやり取りだけで済むことがあるかもしれない。1つの課題を解決するのにも多様なアプローチがあるわけです。
これから、さまざまな技術によって人の機能が拡張されていく中で、きっと宇宙もより手が届きやすくなります。手段は1つではないので、皆さんの多様なバックグラウンドを生かしていだきたいと思います。
遠藤 人工知能の分野には、昔は専門家しかいませんでしたが、オープンソースになって、今や誰にも手の届くものになりましたよね。それと同じで、今まで宇宙って普通の人には全然関係なかったけれども、今はスタートアップを立ち上げて、そこに参画できるようになった。いろいろな人が触れられるようになったことが、「多様性」の話に通ずるかもしれませんね。
山崎 イノベーションは、「新結合」という言葉で表されるように、既存のものを組み合わせることで新しいものを生み出すという意味合いが強いと思っています。宇宙の領域も同じで、宇宙の専門家だけではできないこと、地上のさまざまな産業と結びつくことで広がっていきます。ですから、皆さんが今関わっているそれぞれの分野が「宇宙とどう関わりがあるか」という観点をぜひ持っていただきたいですね。
私が宇宙に行った時、地球が1つの生き物であるかのように感じました。自然はダイナミックに動き、その上で人が生きて、夜は明かりが煌々と輝いて。実際のところ、地球には目も耳もありません。でも、私たちが宇宙に出られるようになったことで、地球の目の代わり、耳の代わりを果たしている気がしています。はやぶさ2のサンプル・リターンは、まさに人が地球の代わりに腕を伸ばしたようなもの。だから、私たちが宇宙を目指すのは「地球をよりよくするため」という原点は、忘れないでいたいと思います。
MITテクノロジーレビューは[日本版]は、才能ある若きイノベーターたちを讃え、その活動を支援することを目的とし「Innovators Under 35 Japan」の候補者を募集中。詳しくは公式サイトをご覧ください。
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