KADOKAWA Technology Review
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What is the hot space business "on-orbit services"?

日本企業も注目する宇宙ビジネス「軌道上サービス」とは何か?

軌道上で宇宙機から宇宙機へ何らかの機能を提供する「軌道上サービス」への注目が高まっている。日本企業も参入する新しい宇宙ビジネスの「今」を紹介しよう。 by Ayano Akiyama2020.10.09

2020年2月25日、静止軌道上で無人の衛星同士が自動でドッキングし、引退しかけていた古い衛星を新たなミッションに就かせるという離れ業を演じた。

米ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)子会社スペース・ロジスティクス(SpaceLogistics)の開発した「MEV-1(ミッション延長機)」は、史上初めて静止軌道の上空で通信衛星「Intelsat 901(IS-901)」へのドッキングに成功した。ドッキングされた方(クライアント衛星)のIS-901は、2001年に打ち上げられ、大西洋から欧州への通信サービスを提供していた。打ち上げ時の想定ミッション期間は13年で、MEV-1打ち上げ時の2019年には18年運用されていた。衛星の推進剤は尽きようとしており、静止軌道より300kmほど高い「墓場軌道」へ移動して他の静止衛星と距離をとっていた。

MEV-1のドッキング前に撮影されたクライアント衛星、IS-901
Northrop Grumman Corporation

2月25日、MEV-1は墓場軌道上でIS-901に対して衛星の背後から接近。地上局からの接近許可を受けて、IS-901まで1mへと距離を詰めた。MEV-1は目標に対して自律的にドッキング、把持する機能を持っており、無事に成功するとMEV-1側のエンジンによって推進力が生まれ、IS-901は4月2日までに静止軌道へと高度を下げ、衛星を運用するインテルサットの発表によれば新たな東経332.5度の軌道で通信衛星としてのフルサービスを開始したという。MEV-1は今後5年間、2025年にIS-901が完全に引退するまでIS-901のエンジン役を務める。IS-901を墓場軌道まで移動させた後、MEV-1はさらに別の衛星とドッキングして新たなクライアント衛星にその機能を提供する予定だ。静止通信衛星の軌道上寿命は15年前後が一般的だが、IS-901はもともと長寿命だったとはいえ25年も運用を継続できることになる。

こうした静止衛星の役割を持つ衛星を、スペース・ロジスティクスは2020年8月にもう1機打ち上げた。MEV-2は、MEV-1と同様にインテルサット1002(IS-1002)のミッション延長サービスを提供する計画で、MEV-2とIS-1002のドッキングは2021年初頭に実施される予定だ。IS-1002はまだ墓場軌道に移動しておらず、現在も静止軌道上で運用されているため、ドッキングはよりチャレンジングなものになる。

フランスのAriane 5ロケットで打ち上げ前のMEV-2(左側)。
Arianespace

静止軌道の衛星は、近年のインテルサット衛星の場合は開発コストが4億~4億5000万ドル(約418億~470億円)程度、日本の静止気象衛星「ひまわり9号」でも340億円かかっている。ミッション延長衛星、MEV-1の開発費は非公開だが、スペースフライト・ナウ(Spaceflight Now)の報道によればインテルサットとのミッション延長サービス契約の料金は年間1300万ドルだという。インテルサットからすれば、15年間サービスを受けるとしても総額195億ドルとなり、新規に衛星を開発するよりは低コストで既存の衛星を活用できる計算だ。MEV-1のようなエンジンの役割を引き受ける衛星は、墓場軌道から衛星を移動させるだけでなく、静止通信衛星の軌道を維持する(ステーションキーピング)の役目も果たす。

MEV-1のように軌道上で宇宙機から宇宙機へ何らかの機能を提供する活動を「軌道上サービス」と呼ぶ。ノースロップ・グラマンの発表によれば、年間で20機近い衛星が推進剤切れによる引退を迫られるといい、MEV-1のようなエンジン提供を待つ潜在クライアントは相当数あると考えられている。衛星が衛星とドッキングしてエンジンを提供するだけでなく、小型のエンジンをクライアント衛星に取り付けたり、クライアント衛星の壊れた部分を修理したり、点検したりといったさまざまな用途も考えられ、MEV-1の成功を皮切りに新たな宇宙ビジネスの分野として期待されている。

軌道上サービスの概念そのものは新しいものではなく、今年打ち上げから30周年を迎えたハッブル宇宙望遠鏡がスペースシャトル搭乗の宇宙飛行士によって軌道上で修理されたことも、軌道上サービスの一つだといえる。ただ、民間の商業衛星どうしでのサービス提供はMEV-1が初めてだ。スペース・ロジスティクスは2020年3月、米国国防高等研究計画局(DARPA)と軌道上サービスの提供で契約を結び、軌道上修理や点検、クライアント衛星の移動などを担う予定で、この分野を牽引する存在だ。

アストロスケールが海外企業買収で参入

MEV-1に続いてこの分野でのビジネスを目指しているのが、日本企業のアストロスケールだ。同社は2020年6月、米国拠点を通じて、軌道上サービス企業エフェクティブ・スペース・ソリューションズ(Effective Space Solutions)を買収すると発表した。英ロンドンに本拠を置くエフェクティブ・スペースは、イスラエル・エアロスペース・ インダストリーズ(IAI)の出資を受け、宇宙機のミッション延長サービスを計画する企業だ。「スペースドローン」と名付けられた衛星を開発し、静止軌道、地球低軌道のクライアント衛星の保守、監視、軌道調整などを展開する構想だ。

2018年にエフェクティブ・スペースが発表したスペースドローンの構想では、衛星は400kg程度の小型衛星で、先端に通信アンテナや小型のイオンエンジンを取り付けたアームなどがクモの足のように生えている。衛星本体にもイオンエンジンを備え、ライダー(LIDAR:レーザーによる画像検出・測距)とカメラでクライアント衛星との位置、姿勢を調整しながらエンジンとコールドガススラスタ(ガスを噴射するタイプの小型エンジン)を使って接近、ドッキングする。

エフェクティブ・スペースの軌道上サービス衛星「スペースドローン」(上)がクライアント衛星を把持するイメージ。衛星を掴むアームのほかに、先端に小型エンジンを取り付けたアームを4本備えている。
アストロスケール

ミッションを延長する理由は、スペース・ロジスティクスと同じだ。通信機能などミッション機器にはなんら損傷がないにも関わらず、推進剤が枯渇して引退せざるを得ない衛星をより長く使うためだ。また、静止軌道の衛星が微小デブリ(飛来する微小な天体のかけらなど)などにより軌道からそれてしまうことも多いといい、ステーションキーピングはエンジン役を担う衛星の大事な役割となる。

打ち上げから年数が経って自力での移動が難しくなった衛星に、推進力を提供するというミッション延長サービスのコンセプトは、スペースデブリ除去と共通部分が多い。スペースドローンが低軌道でサービスを提供する場合、役割を終えた衛星により低い軌道へ移動するための推進力を提供し、最終的に大気圏へ再突入させて軌道から取り除くADR(積極的デブリ除去)の役割を果たす。アストロスケールの創業事業とも共通する。

エフェクティブ・スペースは、2機のスペースドローンを打ち上げ、2020年に「国際的な衛星オペレーター」をクライアントに最初の軌道実証を実施する予定だった。実施は2021年以降となりそうだが、「軌道実証を目指して開発中」(アストロスケールの岡田光信代表)だという。

ミッション延長またはADRでは、クライアント衛星はサービス提供側に対して衛星の軌道はもちろん、外観や構造、軌道上での状態など機微な情報を開示しなくてはならない。これがサービス提供のハードルになると考えられるが、エフェクティブ・スペースではサービスの提供形態を2種類用意しているという。ひとつはエフェクティブ・スペース側がスペースドローン衛星を運用する方法だが、もうひとつ、スペースドローンをクライアント側の衛星オペレーターに引き渡す、「買い切りタイプの運用も可能」(岡田代表)だという。この方式ならば、衛星オペレーターは機微な情報を表に出さずにミッション延長サービスを利用できる。

スカパーJSATも参入へ

アストロスケールと同じADRの分野に、日本からもう1社参入を発表したのがスカパーJSATだ。通信放送衛星を運用する衛星オペレーター側だったスカパーJSATは、2020年後半にスペースデブリ除去事業を開始するという。理化学研究所・九州大学・名古屋大学・JAXAと共に、運用が終わった衛星などのスペースデブリに対してレーザーを照射し、軌道を変えて大気圏へ再突入させる構想だ。スペースドローンの場合はサービス側衛星のエンジンによってクライアント衛星の軌道を変えるが、スカパーJSATの方法では、高エネルギーのレーザーを照射することで衛星の表面がプラズマ化、または気化してそれが推進力を生むという方式だ。レーザー照射式は、サービス衛星とクライアント衛星が接触しなくてすむという利点がある。MEV-1やスペースドローンの場合はドッキングという難しい工程が必須で、レーザー照射式には低リスクというメリットがある。スカパーJSATでは、パルスレーザーシステム搭載衛星を開発し、2026年のサービス開始を目指すという。

スカパーJSAT

ただしこの事業構想には、いくらか不透明な部分がある。パートナーである理化学研究所が開発していたスペースデブリ対策向けのパルスレーザーシステムの研究が継承されている様子が見えないことだ。2015年の理研発表では、地上から補足が困難な微小スペースデブリを軌道上で検出し、パルスレーザーを照射して大気圏に再突入させる研究があった。衛星と微小デブリ、ターゲットの大きさには開きがあるものの、パルスレーザーは中核技術となりうるはずだ。しかしスカパーJSATの発表時、理研の既存研究の利用については「過去の夢のような構想」と否定的なコメントがあったのみで、技術の継承については触れられなかった。既存の技術を使わないのであれば、具体的にどのような技術によって実現するのか、説明が待たれるところだ。

衛星ミッション延長やデブリ除去などの分野を皮切りに、宇宙で宇宙機が他の宇宙機へ機能を提供する「軌道上サービス」のビジネス化が進みつつある。軌道上サービスの基礎となる過去の研究と今後の広がりについて、今後の記事で解説する。

10月12日06時45分更新:インテルサット衛星の開発コストに関する記述に誤りがありました。訂正いたします。

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秋山文野 [Ayano Akiyama]日本版 寄稿者
フリーランスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。
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