「新型コロナ後」の世界は
どう変化するか?
新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐために多くの国で、人と人が接触する機会をできるだけ減らす「社会的距離戦略」が実施されている。これまでの「日常の生活」には戻らないかもしれない。 by Gideon Lichfield2020.05.04
*この記事は、2020年3月24日に公開した記事の再掲です。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を止めるには、仕事、運動、社交、買い物、健康管理、子どもの教育、家族の世話など、ほぼすべての行動様式を根本的に変える必要がある。
誰もが早く日常の生活に戻りたいと思っている。しかし、数週間経っても、数カ月経っても、日常の生活には戻らない。中には、二度と元に戻らないものもあるだろう。多くの人がそのことにまだ気付いていないが、間も無く気付くことになるはずだ。
現在、すべての国が「曲線を平坦化する」必要があるという考えを広く受け入れている(英国さえも合意した)。すなわち、「社会的距離戦略(ソーシャル・ディスタンス)」を推進して新型コロナウイルスの拡散を遅らせ、イタリアで現在起こっているような感染者の爆発的な発生による医療システムの崩壊を防ぐ。つまり、新型コロナウイルスに感染して免疫を獲得する人が十分に増えるか(免疫が数年続くという仮定だが、これは仮定にすぎない)、ワクチンが利用できるようになるまで、このパンデミック(世界的な流行)状態を低水準の感染者数で維持する必要がある。
それまでにどのくらいの時間がかかり、どのくらい厳格な社会的な制約が必要なのだろうか。ドナルド・トランプ大統領は3月16日、10人以上の集会の禁止などの新しいガイドラインを発表し、「数週間の集中措置で危機を早急に脱出できる」と発言した。中国では新しい感染者の数が減少し、6週間の封鎖措置が緩和され始めている。
しかし、これで収束することはないだろう。世界のどこかに新型コロナウイルス保有者が存在したら、厳格な規制で封じ込めない限り、アウトブレイクは繰り返し発生する可能性がある。実際、何度も繰り返し発生するだろう。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者は3月16日、封じ込めの方法を提案する報告書(PDFファイル)を公表した。その方法は、集中治療室(ICU)の入院患者数が急増し始めるたびに思い切った社会的距離戦略を実施し、ICUの入院患者数が低下するたびに緩和するというものだ。その過程を示したのが下のグラフだ。
オレンジの線はICUの入院患者数の変化を表す。入院患者数がしきい値(たとえば、週に100人)を超えたら、国はすべての学校とほとんどの大学を閉鎖し、社会的距離戦略を実施する。ICU入院患者数が50人を下回ったら、社会的距離戦略を解除する。ただし、症状のある人やその同居人は自宅での自主隔離を続ける。
「社会的距離戦略(Social distancing)」とは何だろうか。インペリアル・カレッジの研究者は、「すべての世帯が学校、職場、世帯外の人との接触を75%減らす」ことと定義している。これは、友人と週4回ではなく週1回外出できるという意味ではない。すべての人が社会的接触を最小限に抑えるようにできる限り努力し、接触機会を全体として75%減らすという意味だ。
インペリアル・カレッジの研究者はこのモデルで、ワクチンが利用可能になるまで、社会的距離戦略と学校の閉鎖を約3分の2の時間(おおまかに説明すると、2か月実行して1か月解除)実行する必要があると結論付けている。ちなみに、ワクチン開発がうまくいった場合でも、ワクチンが利用可能になるまで少なくとも18か月かかるとされている。さらに報告書は、社会的距離戦略を実施した場合の結果は「米国でも定性的に類似している」と指摘している。
18か月も社会的距離戦略を実施するのはたいへんだ。他に解決策があるはずだ。たとえば、ICUを増やして、一度に治療できる患者の数を増やすだけではだめなのだろうか?
しかし、インペリアル・カレッジの研究チームのモデルでは、ICUの数を増やしても問題は解決されない。全国民による社会的距離戦略の推進なしでは、最高の緩和戦略(病人、高齢者、濃厚接触者の分離または隔離、および学校の閉鎖)を実施したとしても、重症患者は急増し、その数は米国または英国の医療システムが対応可能な人数の8倍になることが分かった(下のグラフの最もなだらかな青色の曲線がその場合に必要なベッド数の変化。平らな赤線はICUの現在のベッド数)。工場でベッドや人工呼吸器、その他すべての設備や備品を大量生産したとしても、患者全員の治療をするためには、さらに多くの看護師と医師が必要となる 。
あらゆる制限を5か月程度集中して実施するというのはどうだろう。残念ながら効果はない。制限が解除されたらパンデミックは再び発生する。その場合、パンデミックは冬に発生し、すでに過負荷の医療システムには最悪の時期となる。
冷酷な対策をとったらどうなるだろうか。すなわち、社会的距離戦略を実施するしきい値となるICU入院患者数をはるかに高く設定し、より多くの患者の死を許容したら、社会的距離戦略を実施する期間を短くできるのではないだろうか。しかし、違いはほとんどない。インペリアル・カレッジの研究チームによると、最も制限の少ない想定でも、国民は半分以上の時間は家に閉じこもる必要がある。
これは一時的な混乱ではない。まったく新たな生活様式の始まりだ。
パンデミック下の暮らし
短期的には、レストラン、カフェ、バー、ナイトクラブ、ジム、ホテル、劇場、映画館、アートギャラリー、ショッピングモール、クラフトフェア、博物館、ミュージシャンや他のパフォーマー、スポーツ施設(およびスポーツチーム)、会議会場(および会議主催者)、クルーズ会社、航空会社、公共交通機関、私立学校、デイケアセンターなど、多くの人が集まることを前提としているビジネスに大きなダメージが及ぶことになる。さらに、子どものホームスクールを強いられる親、新型コロナウイルスの感染を心配しながら高齢の家族の世話をする人、虐待されている人、収入の変動に対応できる経済的余裕がない人にストレスがかかることは言うまでもない。
もちろん、ある程度は適応できるだろう。たとえば、ジムは家庭用フィットネス器具やオンライントレーニングセッションの販売を開始するかもしれない。すでに「シャットイン・エコノミー(家に閉じこもる経済)」と名付けられている分野が存在し、新しいサービスが爆発的に増加するだろう。また、二酸化炭素排出量の少ない移動、地産地消型サプライチェーン、徒歩と自転車での移動の増加など、いくつかの習慣が変わるかもしれないと期待することもできる。
しかし、多くのビジネスや生活で生じる混乱には対応しきれなくなるだろう。家に閉じこもるライフスタイルは、長期間にわたって持続可能なものではない。
では、どうやってこの新しい世界で暮らしていくのだろうか。解決に向けて一端を担うと期待されるのが、医療システムの改善だ。感染が広がる前にアウトブレイクを特定して封じ込めるパンデミック対応部隊を用意し、医療機器、検査キット、医薬品の生産能力を即座に増強できるようにすれば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の阻止には間に合わないが、将来のパンデミックに役立つだろう。
短期的には、おそらく苦渋の妥協策で社会生活を表面的には保っていけるだろう。たとえば、映画館は座席の半分を取り除き、会議は広い間隔で椅子を配置した大きな部屋で開催し、ジムでは混雑しないように事前予約制にする、といった具合だ。
しかし、最終的には、疾病リスクのある人を識別する高度な手段を開発し、疾病リスクのある人を「合法的に」区別することで、再び安全な人付き合いが可能になるのではないかと考える。
この先駆けとなる措置がいくつかの国で現在実施されている。イスラエルでは、国家諜報機関がテロリスト追跡に利用している携帯電話の位置情報を使い、新型コロナウイルスの感染者とその濃厚接触者の追跡を始めようとしている。シンガポールでは徹底的な濃厚接触者追跡を実施し、確認された感染者に関して氏名以外の詳細なデータを公表している。
シンガポールで発表されている新型コロナウイルス情報の詳しさには驚かされます。このWebサイトでは、これまで確認されたすべての感染者、感染者の居住地と職場、入院先の病院、および保菌者のネットワークトポロジーをすべて時系列で見ることができます。pic.twitter.com/wckG8KpPDE
— 📎 ® ¥ ¨ † å ® ø (@RyutaroUchiyama) 2020年3月3日
I'm stunned by the depth of #coronavirus information being released in #Singapore. On this website you can see every known infection case, where the person lives and works, which hospital they got admitted to, and the network topology of carriers, all laid out on a time-series pic.twitter.com/wckG8KpPDE
— 📎 ® ¥ ¨ † å ® ø (@RyutaroUchiyama) March 2, 2020
もちろん、この新しい未来がどのようなものかは正確には分からない。しかし、たとえば、飛行機に搭乗するにはスマホを利用した移動追跡サービスに登録する必要が出てくるような世界が考えられる。航空会社は乗客がどこを訪れたかを確認することはできないが、乗客が既知の感染者や感染のホットスポット近辺にいたことがある場合は警告を受け取れる。大きな会場、政府の建物、または公共交通機関の中心となる施設の利用でも、同様の情報提供が求められるだろう。
あらゆる場所に体温スキャナーが設置され、職場では体温や血圧、心拍数などのバイタルサインを追跡するモニターの装着が求められるかもしれない。ナイトクラブの入り口の年齢証明の提示を求められる場所では、将来、免疫証明の提示を求められるかもしれない。最新のウイルスにすでに感染して回復したか、予防接種を受けたことを証明するため、身分証明書またはスマホを利用した何らかのデジタル検証などを提示する。
私は今月、移動しなければなりませんでした。これは私の移動を追跡した様子で、#COVID19の封じ込めが狙いです。
中国、新型コロナウイルス、COVID2019の動画をもっと見たい人は@RadiiChinaをフォローしてください。
— Carol Yin (@CarolYujiaYin) 2020年3月17日
I had to travel earlier this month and this is how my movements were being tracked for the purpose of #COVID19 containment.
Follow @RadiiChina for more videos on #China! #coronavirus #COVID2019 pic.twitter.com/yHzdm7q6HF
— Carol Yin (@CarolYujiaYin) March 16, 2020
テロ攻撃の余波で厳格化する空港セキュリティ検査に人々が適応してきたように、このような対策に適応して受け入れることになるだろう。うっとおしい監視も、他の人と一緒にいるという基本的な自由のために支払う小さな代償とみなされるようになる。
ただし、毎度のことながら、実際の代償は最貧層と最弱者層が負担することになる。医療サービスをあまり利用できない人や病気が発生しがちな地域の住民は、他の人が自由に使える場所や機会から締め出されることが増える。ドライバーや配管工、フリーランスのヨガインストラクター、多岐にわたるギグワーカーの仕事はさらに不安定になる。移民、難民、不法滞在者、および前科のある人にとっては新たな障害となり、社会で足場を築くのがますます困難になる。
さらに、疾病リスクの評価方法について厳格なルールがない限り、政府や企業は評価基準を自由に選択できる。たとえば、ハイリスク要件として、年収5万ドル未満、家族構成6人以上、特定の地域居住者などを指定できる。そして、偏向したアルゴリズムと隠れた差別の余地が生まれる。たとえば昨年、米国の健康保険会社が利用するアルゴリズムが、意図せず白人を優遇することが発覚したように。
これまで世界は何度も変化してきた。そして今また、変化している。私たちは皆、新しい生き方、働き方、人間関係構築方法に適応する必要がある。しかし、他のすべての変化と同様に、すでに多くを失いすぎているのに、さらに多くを失うことになる人たちが存在する。望まれる最善の結果は、今回の危機の深刻さが引き金になり、最終的に国家が、多数の国民を極めて脆弱な状態に陥れる大きな社会的不平等の修正に向かうことだ。
(関連記事:新型コロナウイルス感染症に関する記事一覧)
- 人気の記事ランキング
-
- What’s on the table at this year’s UN climate conference トランプ再選ショック、開幕したCOP29の議論の行方は?
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- Google DeepMind has a new way to look inside an AI’s “mind” AIの「頭の中」で何が起きているのか? ディープマインドが新ツール
- This AI-generated Minecraft may represent the future of real-time video generation AIがリアルタイムで作り出す、驚きのマイクラ風生成動画
- ギデオン・リッチフィールド [Gideon Lichfield]米国版 編集長
- MITテクノロジーレビュー[米国版]編集長。科学とテクノロジーは私の初恋の相手であり、ジャーナリストとしての最初の担当分野でもありましたが、ここ20年近くは他の分野に携わってきました。まずエコノミスト誌でラテンアメリカ、旧ソ連、イスラエル・パレスチナ関係を担当し、その後ニューヨークでデジタルメディアを扱い、21世紀のビジネスニュースを取り上げるWebメディア「クオーツ(Quartz)」の立ち上げにも携わりました。世界の機能不全を目の当たりにしてきて、より良い世の中を作るためにどのようにテクノロジーを利用できるか、また時にそれがなぜ悪い結果を招いてしまうのかについても常に興味を持っています。私の使命は、MITテクノロジーレビューが、エマージングテクノロジーやその影響、またそうした影響を生み出す人間の選択を模索するための、主導的な声になることです。