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米国でも買いだめ騒動、新型コロナが浮き彫りにする現代社会の脆弱性
Ms Tech / Getty
How to prepare for the coronavirus like a pro

米国でも買いだめ騒動、新型コロナが浮き彫りにする現代社会の脆弱性

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う「買いだめ」は米国でも起きている。「危機への備え」を主張する人たちはどう動いたのか? by Antonio Regalado2020.03.25

マスクと石けんを買いだめし、肉を冷凍庫に大量保存していないだろうか? もしそうなら、あなたは私と同じような新型コロナウイルス「プレッパー」(日ごろから非常事態への備えをしている人)かもしれない。

プレッパーの視点では、現代社会は効率的だが、脆弱でもある。あなたの街には何日分の食糧があるだろうか。最寄りの病院に余分な人工呼吸器が何台あるだろうか。あなたが思っているより少ないかもしれない。

1カ月前、中国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のエピデミック(局地的な流行)が起こっているとき、流行中心地から遠く離れたボストンで暮らす私のような人が、何か買いだめするのは過剰反応だと思われただろう。私は防護服、滅菌手袋、袋入りジャガイモを何袋も買い込み始めたとき、そのことを多くの人には言わなかった。はたから見れば私は、疑心暗鬼の被害妄想狂のように見えたに違いない。

地下室に重たい漂白剤を何個も運ぶ私を見て、11歳の私の子どもは、「ウイルスが流行してるのは中国じゃないの?」と疑問を投げかけた。

その状況は変わった。2月最終週の時点で、新たに発見された感染症例の数は中国以外の国の方が多かった。米国では外国への渡航と明確な結びつきのない感染経路不明の症例が初めて報告された。米疾病予防管理センター(CDC)は、米国内で日常生活に「深刻な混乱」が生じるのは避けられないと警告した。ハワイ州保健局は、自宅に2週間分の食糧や生活必需品を備えるように勧告した。株価は急落している。イランの副大統領でさえ、新型コロナウイルス感染症を発症している

備蓄があれば、あなたの街で新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクが発生したときに、人との接触を減らし、病原体に晒されるリスクを減らすことができる。2週間以上続く隔離措置がすでに、中国の数都市に暮らす数百万人に講じられている。2週間は、自宅待機するには長い時間だ。中国で撮影されたオンライン動画では、人々がアパートの窓から抜け出して食料入手に出かけようとしている。

これまでのところ、ボストンでは見かけ上はいつもと変わらぬ生活が続いている。しかし、店の棚からは特定の商品が徐々に消え去っている。ちょうど今日(2月28日)、私のアマゾンのショッピングカートにあったアルコール消毒液「ジャームX(Germ-X)」6個セットが突然在庫切れになった。アマゾンに問い合わせると、パニック買いの兆候が見られるかどうかについてはノーコメントだと広報担当者は答えた。残念だ。アマゾンのデータを見れば、買いだめがどの程度広がっているか一目瞭然だろうに。

万が一の場合に備えた数か月分の食糧備蓄が自宅にない場合、行列ができる前にコストコに買いに行くとよいかもしれません。備蓄が不要になったら、大規模な食品寄付パーティーを開いてお祝いしましょう。

— ロバート・ネルセン(@rtnarch)2020年2月26日

私の知人には、科学者やスタートアップ企業の創業者、テクノロジートレンドを注意深く追跡している投資家が多くいる。その知人から、人里離れた場所にある山小屋を借りた人の話や、株式ポートフォリオすべてを清算した人の話を聞いた。保健医療起業家で、ペイシェントライクミー(PatientsLikeMe)の共同創業者であるジェイミー・ヘイウッドは、外部のリソースなしで長期間生き延びる備えは常に整っていると語った。ヘイウッドは新たに、人工呼吸器用マスクなど数点のアイテムを追加した。ヘイウッドの自宅には、基本的にローテク版のICU(集中治療室)と言える設備がある。家族に病人が出たら、病院が大混乱に陥っている場合に備えて、自分で病人を治療できるようにしておきたいとヘイウッドは考えている。

「アマゾン流の必要なときに、必要なものを、必要なだけ生産または調達するジャストインタイム方式はとても効率的ですが、レジリエンス(回復力)が欠落しています」と語るヘイウッドは、サプライチェーンの深刻な混乱が「食料を数週間分しか備蓄していない社会」にどのような影響を及ぼすことになるか懸念する。

備えるにはお金が必要

50カ国以上で感染が報告されている現在でも、世界保健機関(WHO)は呼吸器感染症をもたらす新型コロナウイルスをパンデミック(世界的な流行)と呼びたがらない(日本版注:WHOのテドロス・アダノム事務局長は3月11日にパンデミックを宣言した)。感染者の約80%は軽症だが、残りは重症となる。これまでのデータによると、肺および臓器不全による致死率は2%に達する可能性がある。新型コロナウイルスは危険なウイルスだ。

米疾病予防管理センターのバイオ監視委員会で数年間委員を務めていたヘイウッドによると、病院の余剰能力もあまりないという。特に、新型肺炎とも呼ばれる新型コロナウイルス感染症では、最も重篤な症例の治療に必要な人工呼吸器が不足することになる。「病院はほんのわずかの患者数増加にしか対応できず、それ以上が押し寄せれば医療は崩壊します。今の社会が、深刻な病気による大幅な負荷の増加に対処できるとは思いません」。

私が知っている何人もの知識豊富なテクノロジストは、これまでしばらく非常事態に備えて準備をしていた。アーク・ベンチャー・パートナーズ(Arch Venture Partners)の投資家であるロバート・ネルセンもそのうちの1人だ。かつてバイオテクノロジー分野のトップ・ベンチャーキャピタリストに選ばれたことがあるネルセンは、抗がん剤であろうとクリスパー(CRISPR)であろうと、卓越した先見の明で見抜き、キャリアを築いてきた。1月に、ネルセンのツイッターフィードが警戒に満ちたものに変わったことに私は気づいた。ネルセンは新型コロナウイルスを「のろのろ進む列車が引き起こす壮大な衝突事故」と呼んだ。

シアトルに本拠を置く投資家のネルセンは、ビデオゲーム「プレイグ・インク(Plague Inc.、 「伝染病株式会社」の意味)」をプレイしていると語った。世界中で流行させる伝染病を作り出し、人類滅亡を目指すゲームだ。「恐ろしいゲームですが、それほど難しくはありません」と語るネルセンは、新型コロナウイルスがこのゲームのように「不気味」だと考える。WHOが新型コロナウイルスが国際的な緊急事態であるか否かについて議論していた段階で、ネルセンは航空会社株の空売りを試みていた。「常に頭を働かせ続ける方法としてこういうことをしています」とネルセンは説明する。

2月25日、ネルセンはツイッターに、ボトルウォーター、コーンフロスティ(ケロッグの朝食用シリアル)、グレーグースのウォッカ特大ボトル6本セットを山積みしたコストコのショッピングカートの写真を投稿し、大流行に備えていることを公表した。「よく見て」と、ネルセンはフォロワーにアドバイスした。写真はほぼ1か月前に撮影されたものであり、皆に警告するのは、自分の地下室に備蓄を揃えてから、ということだ。

よく見て pic.twitter.com/zF9kIkK89N

— ロバート・ネルセン(@rtnarch)2020年2月26日

このツイートに対して、「炭水化物多すぎ」とか、「その食品の致死率>1%」など、皮肉の込もった返信もあった。実際、裕福な人以外、消毒液として高級ウォッカを買う人はいないだろう。現実問題として、多くの米国人は備蓄しようとしてもできない。私は1月に、コーヒー、じゃがいも、キッチンペーパー、ロウソク、無糖練乳の缶詰の十二分な備蓄を揃え、おそらく1000ドル費やした。

準備OK!オフグリッドの小水力発電、OK。食糧備蓄、OK。トリ肉?配達待ち。13kW太陽光発電システム、OK。井戸、OK。薪ストーブ、OK。電動トラクター、OK。電動チェーンソー、OK。防御可能な山頂、OK。

— エベン・ベイヤー(@ebenbayer)2020年2月27日

コロナウイルス・プレッパーの買い物リスト

新型コロナウイルスに備える他のテクノロジストから教わった備蓄リストの一部を紹介しよう。

  • 常温保存可能な食品1か月分
  • 処方薬、抗生物質、風邪薬
  • キッチンペーパー、日用雑貨
  • 本・雑誌等
  • 消毒液(アルコールなど)

 

ソーシャルメディア上の知人で、データベースエンジニアのブライアン・パーディは、友人に配布している完璧な備蓄リストを私に送ってくれた。シェービング用カミソリ、缶入り固形燃料、冷凍ストッカー、綿棒、咳止め薬、ビタミンC、V8野菜ジュース(缶)、グラノーラ、燃料、食品を守るためのネズミ捕りなど、70品目以上がリストアップされている。

「いずれ食べたり使ったりすることになるもの以外は買わないでください。備蓄とは、大量のがらくたを貯め込むのことではありません。将来消費するものを早めに買うことです」とパーディは言う。

今週末が余裕をもって買いだめできる最後のチャンスだと考えています。1月23日頃に、国内空港で効果のない発熱者スクリーニングが開始されました。近いうちに、最近の渡航者との関係が不明な市中感染が米国で確認されるようになるでしょう。

— ブライアン・パーディ(@BrianPardy)2020年2月16日


買いだめ、特にパニック買いは反社会的だという議論がある。新型コロナウイルスが米国の主要都市にまん延した場合、保護すべき最も重要な人は医療従事者だ。マスクと人工呼吸器が必要なのは医療従事者であり、おそらくあなたではない。スーパーマーケットでの買い占めは、銀行の取り付け騒ぎや株の一斉売りと同じように、恐怖と信用喪失の兆候となる。

筋金入りのプレッパーも駆け込み買いを批判する。掲示板サイトのレディット(Reddit)では、非常事態への準備に関するサブフォーラム「プレッパーズ(r/Preppers)」で、モデレーターがコロナウイルスに関する投稿の削除を開始した。「この種の投稿はこのサブフォーラムにも社会全体にもまったく意味が無いので、できるだけ早急に投稿を削除するようにしています」と、モデレーターの1人であるユーザーのウェブドゥードル(u/webdoodle)は記している。「削除する理由:プレッピングは日ごろから非常事態に備えることです。今になって急に、自分で使うためにN95マスクが3箱必要になったからといって品不足を引き起こすことではありません(今日、この種の内容の投稿を1件削除しました)。

モデレーターは、SARS(重症急性呼吸器症候群)に関する古い投稿を見て、「当時の恐怖とパニックを振り返り、未だにどれだけ多くの人たちが、地下室やガレージにたくさんのがらくたを貯め込んで、お金とスペースを完全に無駄にしていることを分かってください」と呼びかける。

新型コロナウイルス感染のリスクを減らす他の方法

行動を変えることもリスクを減らす大きな要素だと主張するのは、オックスフォード大学でマラリアを研究している、自称バイオハッカーのアリステア・マイルスだ。マイルスはマスクは誤った安心感を提供すると考える(ただし、すでに病気に罹患している人が病原体の拡散を防ぐにはマスクは優れている)。マイルスは、以下の簡単な行動を実行するように広く伝えている。

  • 顔、特に目、鼻、口を触らない
  • 石けんを使った20秒間の手洗いを頻繁に行なう
  • アルコールタイプの手指消毒液を使用する

 

新型コロナウイルスの拡散が続いて封じ込められない場合、最終的に誰もがウイルスに曝露することになる可能性がある。ヘイウッドやマイルスに同調する人は、感染をできるだけ遅らせることを目指すのがより良いと考えている。感染するのが遅ければ遅いほど、重篤な症例から死に至るのを防ぐ方法を知っている医師が増えるだろう。数週間以内に、有効な医薬品に関するアイデアが出てくるかもしれないし、2年後には、ワクチンが存在するかもしれない。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大スピードが遅ければ遅いほど、社会に対する影響も深刻ではなくなる。

「いつかは家族全員がこのウイルスに感染すると想定していますが、感染を遅らせることは可能だと思います」と、ヘイウッドは言う。「社会にとっても個人にとっても、感染を遅らせる価値はかなり高くなる可能性があります」

3. 感染リスクを減らすために誰でもできる実用的な行動があります。練習が必要なので、今すぐ始めてください。実行しても感染する可能性がありますが、感染を避けるために努力する価値はあります。感染拡大は遅ければ遅いほど有効だからです。感染拡大を遅らせ、時間を稼ぎましょう。

— アリステア・マイルス(@alimanfoo)2020年2月27日

ナルド・トランプ大統領は2月最終週に、国民を安心させようと記者会見を開き、新型コロナウイルスはコントロールされていると発言した。そして、マイク・ペンス副大統領を対策担当に任命した。「悪化する可能性はあります」と、トランプ大統領は話した。「かなり悪化する可能性があります。しかし、不可避だとは思いません。(中略)感染は広がらないかもしれません」。

しかし、もし感染が広がったとしたらどうだろう。専門家は米国の準備は不十分だという。そして恐ろしいことに、健康に関する情報はすでに政治と結びついている。大統領選の民主党候補の大富豪マイケル・ブルームバーグはすぐに、新型コロナウイルスの脅威へのトランプの対応を批判するテレビ広告キャンペーンを開始した(日本版注:同氏は3月4日、指名争いから撤退する意向を発表した)。米国社会の準備が整っていないことが判明した場合、ハリケーン・カトリーナ(2005年8月末に米国南東部を襲った大型ハリケーン)への対応について当時の大統領であったジョージ・W・ブッシュが非難されたように、トランプ大統領の政治責任問題になる可能性がある。

公衆衛生当局は長年にわたり、定期的に非常時への準備と備蓄を強く求めてきた。準備と備蓄が十分なら、公衆衛生システムは病人の急増に対処できる。しかし、起こるかもしれないという未確定の脅威に対する投資を説得するのは簡単なことではない。ヘイウッドは米国疾病予防管理センター(CDC)で委員を務めた後、「CDCで学んだことは、資本主義における効率性のバランスに課題があることです。効率性を目指せば、貯蔵容量を限りなくゼロに近づけ、できるだけ少量の物資を届けるネットワークが生み出されます」と説明する。さらに、「これは安定した環境ではうまく機能します。しかし、混乱が起きているときはどうでしょう。たとえば、アマゾンが何の準備もせずにクリスマスを迎えると想像してみてください。それがパンデミックの状況です」と語る。

ヘイウッドの準備も、私の準備も、不要になるかもしれない。しかし、地下室に備蓄されたたくさんの缶詰から、少なくとも学べることがある。「良い面も少しあると思います。私たちは皆、地球という小さな星に生きる同じ生物であり、ここで生きるに当たって最も大事なのは、科学、外交、および実効性のある政府の政治的手段です。現状からこのことを再認識するのは悪いことではないと思います」とヘイウッドは言う。「人類は脆弱であり、生態を支配するのはウォール街ではないことを思い出すのは良いことです」。

ベンジャミン・ローゼンとの共同レポート。

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MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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