米国防総省が
グーグル本社近くに設置した
技術革新の前哨基地とは?
アメリカ国防総省は、軍に有用な新テクノロジーの開発と調達を加速させるため、シリコンバレーにある種の「スタートアップ企業」を設立した。しかし、トランプ政権が存続させるかどうかはわからない。 by Fred Kaplan2016.12.28
米空軍のF-16パイロットだったラジ・シャー大尉は、2006年、イラクの自由作戦で戦闘任務についていた。その年はイラク戦争における最悪の1年であり、シャー大尉も問題を抱えていた。コックピット内の表示画面の地図は現在位置と連動せず、GPSは地上座標を示していたが、自機の現在位置を示すドットやアイコンが地図上に重ねて表示される機能はなかった。「自機がイラク上空にいるのか、イラン上空にいるのか、わからない時がありました」と振り返るシャー大尉は、一時帰国した際、初期のポケットPC「iPAQ」を購入し、標準的で安価な航空地図プログラムをiPAQにインストールした。シャー大尉はF-16に戻ると、iPAQを膝に縛り付け、ナビゲーション用に戦闘機に搭載された数百万ドルはする軍仕様のソフトウェアではなく、自前の航空地図プログラムを信頼した。
シャー大尉は、商業用のテクノロジーがアメリカ軍のテクノロジーよりも速く進化しており、技術的優位によって戦争に勝利しようとしている以上、アメリカの安全保障にとって危険な傾向だと気付いた。
現在、軍を退役したシャー元大尉は、この問題に対処する設立2年目の組織「DIUx(国防イノベーション実験部隊)」の運用パートナーを務めている。DIUxの予算はわずか3000万ドル、ペンタゴンの帳簿では誤差内の金額だ。しかしDIUxは、すでに軍とシリコンバレー間の綻んだ関係を修復し、影響力を発揮している。また、国防関連契約の発注方法に革命を起こし、アメリカ軍の任務におけるハイテク発明の利用可能性をはるかに高める可能性がある。
同様の理由で、DIUxは国防総省の官僚組織や軍に装備等を納入する企業内のさまざまな派閥の標的にもなっている。「旧勢力」は、お互いに仕事を融通する方法を編みだし、「革新的」あるいは「実験的」と考えられることに疑いの目を向けるのだ。それでもシャー元大尉は、DIUxのような組織が数十年前に立ち上げられていれば、搭乗していたF-16の表示画面にはGoogleマップが組み込まれていただろうと考えている。
トップダウンのプロジェクト
DIUx は、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学で教鞭を取り、研究に従事してきた理論物理学者で、ペンタゴンでも上級職を務めたことがあるアシュトン・カーター国防長官の新構想だ。「シリコンバレーや国内全土のテクノロジー・センターに国防総省の前哨基地を置くコンセプトは、私がこの職務に就いたときから考えていました」とカーター長官はいう。カーター長官は2000年に執筆した「技術的優位の維持」という論文で、産業界がイノベーションの点で近いうちに国防関連研究を追い越したとき、アメリカの国際的利益を守るためには、国防総省が民間部門と新たな関係を構築する必要がある、と予見していた。カーター長官が2015年2月にペンタゴンを引き継いだ際には、イスラム国の台頭など国際的な危機があったが、アメリカのテクノロジーにおける戦略的支配を維持することが最優先事項だとカーター国防長官は宣言した。着任2カ月後、カーター長官はスタンフォード大学の講演(国防長官がシリコンバレーを訪れたのは実に20年ぶり)で設立を発表したDIUxは、2015年8月に発足した。
DIUxの本部はカリフォルニア州マウンテンビュー(周辺はGoogleの建物だらけだ)の空軍とNASAの広大な研究施設があった場所にある。民間人と軍人、受託業者からなる約40名のDIUxスタッフはレンガ造りの低層オフィスビル(以前使っていた空軍州兵は、周囲の家賃が高くなりすぎて移転した)の2階で仕事をしている。廊下は古い学校のように殺風景で、ドアはダイヤル錠で施錠される。しかし室内は、シリコンバレーのスタートアップ企業における非階層的な雰囲気に合わせて、黒板、白板、机が斜めにランダムに配置され、改装されている。
カーター長官の考えでは、オフィスをシリコンバレーの中心に置くことは不可欠だった。カーター長官の望みは、政府と取引していないスタートアップ企業や既存企業で進行中のプロジェクトに入り込み、国家安全保障の任務に応用することだ。金銭的なメリットは明解だった。企業側はすでに費用が発生しており、国防総省は研究開発費を支払う必要がない。しかも調達費用はDIUxではなく、製品を配備することに同意した軍によって支払われるのだ。
しかし初年度は、トップからのサポートがあったにもかかわらず散々な結果だったようだ。カーター長官は、従来とは異なるプログラムが、従来とは異なる形で運営されるべきことを完全には認識していなかった。カーター長官は、DARPAのプログラム・マネージャーやローム(ニューヨーク州)にある空軍研究所の情報技術担当局のディレクターを務めたことがあり、ハイテク起業家でもあるジョージ・ドゥチャックをDIUxのディレクターに指名した。しかし組織図上、ドゥチャックの上司は調達やテクノロジー、ロジスティクス担当のフランク・ケンドール国防副長官(カーター長官の後任として就任した)だった。国防関連の大手請負業者で働いてきたエンジニア出身のフランク・ケンドール副長官は、DIUxに関する全体的な考えについてカーター長官の熱意を十分に理解しておらず、監督権を研究とエンジニアリング担当の国防次官補に移した。国防次官補はDIUxをどうすればよいかわからず、仮にわかっていたとしても、多くのことを実施する権限はなかった。結果的にドゥチャックはカーター長官から3階層分離れてしまったのだ。
グーグルで13年間過ごし、同社初の自動運転車の設計や組み立てを担当してきたアイザック・テイラーは、ただ事ではない事態を続けざまに間近で目撃してきた人物だ。Google Xのオペレーション・ディレクターに昇進した後、ロボット工学や拡張現実等、数多くのプロジェクトを始めた。それでもテイラーは変革を求め「国にとって重要な充実したプロジェクト」での仕事を熱望するようになった。
そこでテイラーはグーグルからDIUxに製品を売り込むことにした。しかしテイラーはすぐにDIUxが計画通りには上手くいかないと気付いた。テイラーは第三者としても、カリフォルニア州でもっとも創造的な企業2社が、DIUxの手続きと衝突する様子を目撃した。ひとつはサンディエゴのシールドAI(Shield AI)で、製造していた小型の自律式屋内用無人機にDIUxが目を付け、グリンベレーやデルタフォースの任務で建物や洞窟内に誰が潜んでいるか確認できるため、特殊作戦コマンドが興味を示す可能性があると考えたのだ。もうひとつのクパチーノにあるブロミウム(Bromium)は、不審なユーザーからオペレーティング・システムを切り離せるサイバー・セキュリティ用ソフトウェアを設計した企業だ。会合が持たれ、関心があることは明白だったが何も起こらなかった。シリコンバレーの文化では、会合は契約可能かどうかを決定するか、その場で契約して終了する。ペンタゴンの文化では、会合はまた別の会合へとつながり、18カ月間の研究開発契約につながり、試験と承認を経て、さらに2、3年かけて試作品を作る契約を得るためのコンペがあり、その後、評価やさらに複数の段階が後に続く。シリコンバレーでは、誰もそのような遅いスピードには我慢できない。そもそも、契約が成立時点からハードウェアの導入までに、テクノロジーは3回は変わってしまうだろう。
カーター長官の補佐官のひとりがテイラーを呼んで、何が間違っていたかをたずねた。テイラーは、DIUxのスタッフは才能豊かだが、手続きがアイデアを台無しにしたと答えた。「私は国防長官のスタッフに対して、組織が緩やかに失敗しているが、シリコンバレーでは最悪の失敗の仕方だと伝えました。企業が長く失敗を続けるほど、シリコンバレーの人々は見向きもしなくなる傾向があります」とテイラーは当時を振り返る。
そこで …
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