ロケットの「相乗り」で
宇宙はもっと近くなる
複数の積載物をロケットに相乗りさせる「ライドシェア」による人工衛星打ち上げが、宇宙産業を大きく変えようとしている。小型人工衛星を地球周回軌道に乗せることが、従来よりもはるかに安価で容易になることに加えて、小型人工衛星では到達不可能だった静止軌道に投入することも可能になるからだ。 by Neel V. Patel2019.10.14
普段どのようにバスに乗って町から出るか考えて欲しい。時刻表を見れは、次のバスがいつ出発するのかが分かるので、乗車券を購入してバスに乗り込む。満席だろうが、席がほとんど埋まってなかろうが、バスは時間が来れば出発する。バスは、途中で乗客を降ろしながら運行ルートを進んでいく。
宇宙ロケット打ち上げの未来も似た感じだ。地球周回軌道への旅の「ライドシェア(相乗り)」のビジネス・モデルが業界を揺るがそうとしている。このモデルでは、定期的に打ち上げられるロケット内のスペースを企業が購入する仕組みになっている。すでにスペースX(SpaceX)は、軌道へのライドシェア・ミッションを来年3月に予定しており、その後は、この種のミッションを月に一度実行する計画だ。多国籍宇宙航空企業のアリアンスペース(Arianespace)は、地球低軌道へのライドシェア・ミッションを来年5月に実施し、2022年には静止軌道(GEO)へ向かうことを計画している。ロケットラボ(RocketLab)やスペースフライト(Spaceflight)といった企業も、ライドシェア事業を計画している。「これらの企業が人工衛星産業を前進させる鍵です」と、ユタ州ローガンにある非営利の研究組織、スペース・ダイナミクス研究所(Space Dynamics Laboratory)の小型衛星テクノロジー部の責任者であるアサル・ナセリは言う。
ライドシェアによる衛星の打ち上げは、まったく新しいコンセプトというわけではない。米国航空宇宙局(NASA)は、スペースシャトルに始まって30年近く、独自のライドシェアの打ち上げをしている。だが、ライドシェア打ち上げはこれまで、打ち上げ費用がすでに支払われている大きなミッションに、ちょっとした積荷を加える程度のものでしかなかった。ごく最近までは、こういった「ピギーバック(便乗)の積載物」も一般的ではなかった。
だが、宇宙産業が費用対効果を最大化することを強く求めたせいで、二次的に積載物を積むことが当たり前になってきている。一方では、小規模な人工衛星メーカーが急増したことにより、打ち上げサービス企業は、打ち上げ費用を複数の顧客企業に分担してもらい、一度のミッションで複数の小さな積載物を送り届けるという経済性も考慮するようになった。
人工衛星企業にとって、このビジネスモデルは、二次的な積載物としてロケットに乗せてもらうよりも有利になる。「人工衛星を提供する企業がライドシェアを好むのは、良いサービスを受けられるからです」と、ユタ州立大学で宇宙飛行工学を研究しているチャールズ・スウェンソン教授は言う。人工衛星プロバイダーは、ミッションのルート沿いにある個別軌道の「停留所」に、自社の人工衛星を配置してもらうことで、ミッション戦略を具体化することに専念し、どんな特別な要求にも応え易くなる。
さらに、ライドシェアによる打ち上げは、人工衛星メーカーがどのように衛星の設計に取り組むかにも影響を与えている。企業は、単独使用のために高性能で高価な人工衛星を少数打ち上げるのではなく、数百か数千にも及ぶ小型の人工衛星で構成される大きなコンステレーション(衛星群)を設計して、同様の仕事をさせようとしている。加えて、メーカーは現在、他の多くの物からなるライドシェアの積載物と、ぴったり安全に収まる人工衛星を、どのようにして作るかを考えるようになった。スウェンソン教授は、鋼鉄製のコンテナが海運業に大変革をもたらした例にたとえる。大きな長方形のボックスを自社の品物でどのように埋めるか戦略を練ることを顧客に強いたからだ。人々は、こういった標準的コンテナ内で、積み重ねられ、空間を効率よく使い、安全に輸送できる品物を製造するようになった。
ライドシェアが最も大きな影響を与えるのは、人工衛星をより高く、より細長い楕円軌道に送り届けることがはるかに容易で安価になるという点にある。従来の打ち上げでは、積載物をGEO(静止軌道、高度3万5786キロメートル)のような場所に直接配置することはできなかった。目的地から何キロも離れた場所に停車するバスのように、低軌道に打ち上げられた人工衛星は、その後、搭載された推進装置を使って、目的とする軌道まで上昇して行かなければならない。だが、この推進装置は高価だったり、大きかったりする。そうでなければ、力が弱すぎて目的の軌道に到達するのが何ヶ月も後になってしまう。
だが、2022年に予定されているアリアンスペースの「GO-1ミッション」のように、静止軌道に直行するライドシェアの打ち上げでは、重くて高価な推進装置は不要になる。「少なくとも年に一度、GO-1ミッションのようなものを提供できると思います」と言うのは、アリアンスペースの米国子会社のウィーナー・カーニサン社長だ。同社長によると、すでに、重量わずか270キログラムから500キログラムの静止衛星を製造したいと考えている顧客数社から問い合わせがあったという。それほどの高軌道に打ち上げる人工衛星としては、前例のない軽さだ。150キログラム程度まで軽くする製造業者も出てくるだろうとカーニサン社長は予想している。
静止軌道を拠点とするシステムに依存している通信会社は、こういったコスト削減策をぜひとも利用したいところだろうが、ライドシェアリングは他の用途にも役立つ可能性がある。今後数年にわたって打ち上げられる予定のNASAの「静止軌道大気環境コンステレーション(Geostationary Air Quality constellation)」などの地球観測衛星は、スリム化・軽量化される可能性がある。これまでほとんどの科学実験衛星は、費用が高額になることを理由に静止軌道に到達できなかったが、これも変わるかもしれない。たとえば、スウェンソン教授は、「エキサイテッド(Excited)」と呼ばれるNASAのミッションに携わっている。このミッションでは数基の人工衛星を高軌道傾斜角に打ち上げ、電離層と熱圏でのプラズマ相互作用を研究しようとしている。これらの人工衛星は「L」字型に正しく配置する必要があるが、スウェンソン教授は、ライドシェアによる打ち上げなら、容易に停止して人工衛星を降ろし、そのフォーメーションを取らせることができると考えている。
もちろん、ライドシェアによる打ち上げをうまく運ぶには困難な課題もある。一度の打ち上げのために、6基あるいはそれ以上の人工衛星を準備し、格納し、管理するのには、多大な労力が必要となる。バスに乗り遅れる乗客がいるように、打ち上げに乗り遅れる衛星メーカーも出てくるだろう。定められた時刻に、複数の衛星を配置する場合は、どの衛星が自分のものなのか見失ってしまうことも十分に考えられるとスウェンソン教授は言う。
だが、「ビジネスが前進し続けるためには、新たな解決策を見つけ出さなければなりません」とカーニサン社長は言う。アリアンスペースやスペースXといった打ち上げサービス提供企業は、すでに、上段ブースターの点火のオン・オフを切り替えられように設計することを検討している。より複雑なライドシェア・ミッションのルートに対応し、より極端な軌道で積載物を降ろせるようにするためだ。
また、ライドシェアは汎用的な手法に従ってはいるが、料金を支払えば、ミッションをその顧客向けに間違いなくカスタマイズしようとするサービスも出てくるだろう。スペース・ダイナミクス研究所のナセリは、とりわけ、打ち上げサービス提供企業が、より多様で多くの積載物を安全に降ろせるかどうか確認したいと考えていると言う。「イノベーションを求める声が、すでに顧客企業から上がっています。ライドシェア市場はもう出来上がっており、定着しているのです」。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。