KADOKAWA Technology Review
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軌道「大混雑時代」に人工衛星の衝突は避けられるか?
Ms. Tech | original images: NASA
Satellite crashes will plague us unless we manage space traffic better

軌道「大混雑時代」に人工衛星の衝突は避けられるか?

欧州宇宙機関とスペースXの人工衛星のニアミスは現在のシステムの弱点を浮き彫りにした。今後計画される2万基を超える衛星の衝突を防ぐには新たな仕組みづくりが必要だ。 by Neel V. Patel2019.09.19

欧州宇宙機関(ESA:European Space Agency)とスペースX(SpaceX)との間で9月初旬に起きた、衛星に関する騒動では、多くの異常が見られた。いくつかの例を挙げると、衝突の危険があると警告を受けたにもかかわらず、スペースXがコンステレーション(衛星群)「スターリンク(Starlink)」の衛星を移動させることを拒否したというESAによる最初の公式声明、そして技術的な問題で警告に気づかなかったため対応できなかったとするスペースXの主張などだ。そんな中で、おそらくちっとも驚きではなかったのは、軌道上の2つの物体が互いに衝突したかもしれないという予測だ。

軌道上の混雑が急速に進行している。二十数社に限っても、今後10年間で2万基を超える人工衛星の打ち上げを計画している。参考までに、宇宙時代が始まってから、地球の軌道上に配備された観測機器は8100基を下回る。今回のESAとスペースXとのニアミスのようなインシデントの発生は、現在の宇宙管理システムがこのままでは耐えきれないことを明らかにしている。

世界中のどこを見ても宇宙の交通管理をする実質的な基準などないのだから、それほど驚くことではない。「(基準は)生まれつつはあるけども、まだ無いという状態ですね」とブライアン・ウィーデンは話す。ウィーデンは、安全かつ持続可能な宇宙の平和利用を目的とする「セキュア・ワールド財団(Secrure World Foundation )」のプログラム計画部長だ。海外も含め、ほとんどの衛星運用者は、軌道上で稼働する物体の「接近」の可能性について、米国空軍の予測に依存しているだけだ。そもそも空軍の当初の目的は宇宙空間のミサイル追跡であり、世界の宇宙交通警官になることではない。空軍はレーダーで物体を追跡し、衝突の可能性が1万分の1の確率を超えると警告を発する(ESAとスペースXの場合、その可能性は1000分の1にまで高まった)。

「衛星運用者は、基本的にそれぞれが独自に『衝突の』リスクを算定し、その対処方法を決定します」と話すのはロジャー・トンプソン博士だ。トンプソン博士は、非営利法人「エアロスペース・コーポレーション(Aerospace Corporation)」で上級エンジニアリング・スペシャリストを務めている。「各々の衛星運用者は独自のリスク方針があります。時には衝突回避行動をとり、時にはただやり過ごすこともあります。もしリスクが十分低いと信じればですがね」。

現在のような状況が標準になった理由は十分にある。その1つは、惑星の周りを時速数万マイルで高速に移動する物体の軌道変更は容易ではないことだ。操縦が1つの小さなスラスター(軌道修正用の小型ロケットエンジン)に頼っている場合は特にそうだ。それにたいてい場合、手元に届くデータが多くなるにつれて、懸念される衝突リスクのレベルは1桁から2桁低くなる。ほとんどの場合、移動させる必要はない。

だが、完全に稼働すると何千もの人工衛星で構成されるスターリンクのようなメガ・コンステレーションは、現在の宇宙交通予測や衝突回避戦略を複雑にしてしまう。「これまでのようにはいきません」とトンプソン博士は話す。「いわば、突っ走ってくる対向車の車線を避けたら、突っ走ってくる対向バスの車線に入ってしまったような事態は避けたいでしょう」。

テクノロジーが極めて重要な役割を果たせるかもしれない。「米軍は、現在のコンピューター・システムの性能向上に懸命に取り組んでいます。それができれば、警報の精度も上げられますし、あらゆる種類のデータを受信できるようになります」とウィーデン部長は話す。「60年代の軍事用ハードウェアから最新のハードウェアに移行すれば、かなり使えるものになるのです」。さらに世界中のより多くの地域にレーダー・システムを配備することも可能だ。民間企業が運用するかもしれないが、一度に多くの物体を追跡できる。多くの人工衛星運用者(スペースXも含めて)は、自律システムの開発を推し進めている。このシステムは、警報が出ると自動的に衛星を移動させ、衝突を回避できるのだ。ただし、まだ実績はない。さらに、自動運転自動車と同様、このシステムが有用なのは、お互いが通信している状況においてのみだろう。

誰もが人工衛星警察

だが、宇宙交通管理の全体像を考え直す必要もあると主張するのは、トンプソン博士の同僚であるエアロスペース・コーポレーションのテッド・ミュエルハウプト部長だ。ミュエルハウプト部長は最近の論文の筆頭筆者で、その中で具体的な提案をまとめている。ほとんどの場合、人工衛星運用者は自身の人工衛星の位置を把握しているが、現在のところ、そのデータを他者とは共有していない。各運用者は自国の法律に従わなければならず、法律にはどれくらいの高度で人工衛星を運用してよいのか、どこまで移動してよいのか、衝突の危険性が発生した場合に誰がどのような行動をとるべきなのか、使えなくなった人工衛星をどのように処理するのかなどが定められている。だが、これらの規制が他国の規則とぶつかり合った場合、問題解決の方法がない。政府間宇宙交通機関のアイデアは非常に役立つかもしれないが、その機関は実際どのように交通を取り締まり、どのような罰則措置でその規則を裏付けるのだろうか? 違反する者すべてに、ただ違反切符を切るだけでは不十分だ。こけおどしでしかない。

鞭が効かないのであれば、飴を与えるしかないだろう。「もし、ある中央機関が相互利益をもたらすようなサービスを提供できれば、各運用者は自発的に参加するでしょう」とミュエルハウプト部長は話す。「基準みたいなものですよ。もしその基準を十分な数の人々が採用するようにできれば、基準は市場を通じて勝手に強制力を持つようになります。衛星運用者も自発的に従うようになります」。

たとえ衛星運用者が指図されるのは嫌だとしても、結局は加わるだろう。彼らは皆、衛星の衝突はビジネスにとっても、宇宙にとってもよくないという1点では同意しているからだ。結局は、自分の財産を守ることが、他人の財産も同時に守ることになる。どの国が、そしてどの企業が他者に道を譲るべきかを話し合うと、必ず衝突は起きるだろう。だがそういったちょっとしたいさかいも、地球の軌道が粉々になった人工衛星の破片でいっぱいになり過ぎ、誰も安全に利用できなくなるという事態になるよりは、はるかにマシということだ。

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MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
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