デジタルガレージほか3社による年次カンファレンス「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2019 TOKYO」が6月24日、東京・六本木で開かれた。今年のテーマは「個人情報の保護と活用における新たな仕組みを考える」。ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授、デジタルガレージ共同創業者でMITメディアラボの伊藤穰一所長、慶應義塾大学の村井 純教授が、データ・プライバシー保護のための規制のあり方を議論した。
ディスカッションに先立つ基調講演「監視社会(Surveillance Society)の考察 〜人々は抵抗できるか、したいのか?〜」でレッシグ教授は、「データのプライバシーは完璧にはコントロールできない」として、利活用のされ方に応じて保護されるべきものは規制の対象とし、便益をもたらすものは開放すべきだと話した。
たとえば、アマゾンが購入履歴データから本をレコメンドするのは、ユーザーにも社会にも便益をもたらすので規制の必要はないだろう。一方、中毒者を生み無限にお金をつぎ込ませるゲームがあるとしたら、ユーザーにも社会にも害を及ぼす。こうしたデータの利活用の仕方は、その対処がはっきりしている。
では、ソーシャルメディアに文章を書き込むのが遅くなったらプラットフォームが「このユーザーは脳の病気かもしれない」と察知して保険会社に通報するケースはどうか? 個人は保険を失い損害を受けるかもしれないが、社会にとってはプラスかもしれない。
あるいは、フェイスブックのニュースフィード。フェイスブックはユーザーのさまざまなデータを集め、個人の欲求を満たすようにニュースフィードを最適化することで広告売上を最大化している。ユーザーは「これこそが見たかったもの」として喜んで受け入れるが、社会の分断が促進される。
レッシグ教授は講演の中でこれらの例を挙げながら、「社会もしくはユーザーのどちらかには恩恵をもたらすが、一方には害を及ぼすケースについては規制するのが非常に難しい」と話した。
フェイスブックに「悪意」はない
「ニュースフィードを最適化したことに批判があるが、彼らは企業として利益を上げなければいけない。異常な介入でない限りは、当然の行動です。彼らに『悪意』があるわけではないですよね?」
鼎談は、伊藤所長が、レッシグ教授が基調講演で挙げたフェイスブックの例に言及する形で始まった。これに対し、レッシグ教授は「そのとおり。ですから規制が難しいといいました。フェイスブックはビジネスの競争の中で本来すべきこと、市場から求められていることをやっているだけです。ただ1点、公共政策が私企業の利益を考慮すべきというなら、それに対しては我々は怒るべきです」と答えた。
村井教授は、「日本は米国とはバックグラウンドが異なる」と前置きし、日本のデータ利活用とプライバシーに関する意識の変化について触れた。
「日本でデータの利活用とプライバシーが議論になったきっかけの1つが、東日本大震災だったと思います。津波被害があったとき、自動車会社が連携して被災地の自動車の位置情報を追跡し、プライバシーの保護に留意しながらデータを公開しました。被災地の人々に助けになると考えたからです。その時から、個人データにも利活用の仕方によっては便益をもたらすものがあり、プライバシーを守るべきかどうかは状況次第という認識ができた」(村井教授)
伊藤所長は、「それは技術的な問題でもあります。ほんのわずかなデータからでも個人を特定してしまえるケースや、ある1つの保護を実現するために規制を設けても、他の部分で脆弱性があることも。たとえばAIの訓練のためのデータは保護されるが、データから学習して作られたモデルは保護されない。一方、規制当局には技術的な理解が欠けている。技術者あるいは規制当局のどちらかだけで議論を完結してはいけない」と指摘した。
これを受けて村井教授も、「震災の時も規制当局はノーといっていたが、勇気ある人が正しい行動をとった。その後、規制当局も法律関係者も、例外的な利活用を受け入れるようになる状況を目の当たりにした」と続けた。
多様なコミュニティに1つのコンセプトを持ち込めるのか
伊藤所長は、規制によってプラットフォームの成長を阻害すると国際競争力を失うという指摘もあるが、その点はどう考えるかと問いかけた。
「自問してみてください。たとえば競争相手とされる中国は非常に監視を強めています。米国の競争力を削がれるからといって、プライバシーをないがしろにしてまで有利になりたいと思うでしょうか。どういった価値観の下でインフラを作っていきたいのか、それを考えなければなりません」(レッシグ教授)。
これに対して村井教授は、プライバシーに関する考え方の国・文化による違いの多様性を指摘した。
「1995年ごろ、自動車のワイパーの稼働状況をGPS衛星で捉え、どこで雨が降っているかを把握するシステムを研究していました。その結果に非常に満足してヨーロッパでプレゼンすると、『面白い研究だが、自分の生活をそのように捕捉されたくない』という指摘を聴衆から受けました。当時の日本では、そのような指摘は1つも出なかったのにです」(村井教授)。
伊藤所長は、「ヨーロッパでも国によって違う。たとえば、フィンランドは人々の給与が調べられるようになっている。信頼レベルが高く、プライバシーはそれほど大きな問題になっていない。一方、たとえばドイツのような国では、プライバシーについて非常にセンシティブです。それは、これまでの政府の振る舞いによるところが大きい」と補足した。
インターネットの問題点を「あらゆる人をつなげてしまうこと」とし、「世界には多様な文化があり、それぞれ異質なコミュニティであるにもかかわらず、プライバシーに関してはたった1つの価値観を提示しようとしている」と続けた伊藤所長に、レッシグ教授は「1つの価値観には同意はできないと思う。しかし、全体に善をもたらすためならよい、個人に害を及ぼす扱いは罰する、これについては合意するできるのではないか」と答えた。
プライバシー保護とデータ活用のために日本が果たすべき役割
日本では6月、大阪の交番の警官が刃物で襲われ、拳銃を強奪される事件があった。その後テレビは監視カメラの画像を繰り返し放送して事件を伝えた。結果として25時間後に犯人は逮捕されたが、「防犯カメラの画像の入手方法や公開手続きについては誰も問わなかった」と村井教授は指摘した。村井教授の学生からは、「こうしたことが重なると、監視に対してだんだん寛容になる」との懸念の声が挙がったという。
続けてレッシグ教授も、2013年に起こったボストンマラソン爆弾テロ事件のケースを紹介した。事件後、ソーシャルメディア上で犯人捜しが始まり、一時は真犯人とはまったくの別人が犯人とされてしまう事態となり、社会的に大きなダメージを受けた。レッシグ教授は、「このような破壊的な結果にならないよう、プロセス、データに対するアクセスを規制しなければならないが、そこがまだきちんとできているとはいえないと思う」と話した。
「それは技術的な問題でもあり、規制の問題でもある」と続けた伊藤所長は、データへのアクセス権限を適切にコントロールする必要性を説いた。
鼎談の最後に伊藤所長は、「日本は今後どう進んでいくべきか」と問いかけた。
村井教授は、「大事なことは2つ。1つは、いま多くのクリエイティブなことが起きている。規制によってその動きを止めることは避けなければならない。非常に高度な方法でデータのプライバシーを守りながら、同時にデータのクリエイティブな活用を推進しなければならない。もう1つは、日本は、データを倫理的に利活用していると見られていると思う。もし実態がその通りであるならば、ベストプラクティスを確立すべきだろう」と述べ、レッシグ教授は「世界各国からよい事例が出てくることが重要だ」とまとめた。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。