「『ブロックチェーンをつくりました』『ブロックチェーンの実証実験をしています』。そんな話を至るところで聞きますが、その中には『おれおれブロックチェーン』も多いと私は思っています」。
2008年の登場から10年が経ったブロックチェーンは、ここ数年で広く知られる言葉となった。だが実際には、その仕組みや技術への本質的な理解が深まらないまま、過剰な期待が高まっている状況だ。
MITテクノロジーレビュー[日本版]は2月14日、NECセキュリティ研究所・特別技術主幹の佐古和恵氏を招き、「Emerging Technology Nite #10 ブロックチェーンの基礎と最新動向」を開催した。
ブロックチェーンとはそもそも、どのようなテクノロジーなのか? 本来利用すべき分野はどこなのか? 日本応用数理学会会長を務め、ISO(国際標準化機構)/TC307(ブロッ クチェーンと電子分散台帳技術に係る専門委員会)にも参加する国際的な暗号の専門家に解説してもらった。
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ビットコインはなぜ「暗号」通貨なのか
佐古氏によると、「ブロックチェーンについては、まだ定義がない状態。ISO/TC307ですら議論は収束していない」という。ただ間違いないのは、暗号通貨のビットコインに使われているデータ管理技術がブロックチェーンの「出発点」であるということだ。佐古氏は今回、この「ビットコインのブロックチェーン」の仕組みを説明した。
ブロックチェーンは、「分散型台帳技術」と呼ばれる。一般的なデータベースは、データを管理する権限を持つ管理者に対する、全面的な「信頼」の上に成り立っている。一方、ブロックチェーンは、1人の管理者への信頼に拠らず、複数の管理者を置いて台帳のデータの正確さを担保する。佐古氏は、ブロックチェーンの基本的な仕組みを、「パズル」にたとえて説明した。
利用者の取引データ(パズルのピース)が複数の管理者のもとに落ちてくると、管理者は手元にあるピースを使って「早い者勝ち」の暗号パズルを解く。パズルが解けた管理者はデータとパズルの答えをセットにした「ブロック」をつくり、管理者のネットワークに同報する。それを受け取った各管理者がパズルの答えが正解だと確認できれば、新しいブロックとみなしてブロックチェーンにつなげていく。この暗号パズルは「解くのに時間はかかるが、解けたことはすぐに確認できる」(佐古氏)のが肝だという。
時間を稼ぐことで、多くの取引が次々と発生しても、データの順番を決め、整合性を取れるようにしているわけだ。このパズルを解く行為がいわゆる「採掘(マイニング)」であり、パズルを解いた管理者(マイナー)には報酬が与えられる。
管理者を信頼できるならブロックチェーンは不要
佐古氏は、「1人のデータ管理者を信頼できるなら、ブロックチェーンは不要」と説く一方、「今までの私たちの身の回りにあるITシステムは、1人の人が多少『悪さ』をしても問題ない範囲、その程度の用途にしかデータを使っていなかったのではないか」と話す。
「データが本当に改ざんされたり、握りつぶされたりすると社会的に大きな問題が出てくる場合にこそ、ブロックチェーンという技術が大きな効果をもたらすのではないでしょうか」(佐古氏)。
では、具体的にどのような用途でブロックチェーンは実力を発揮できるのだろうか。質疑応答や事前質問などで来場者の関心が特に高かった「用途」について、佐古氏は自身が関わる2つの事例を示した。
1つは、オンラインゲーム「バックギャモンエース(BackgammonAce)」の事例だ。このゲームでは、コンピューターが振るダイスの目の数が、ユーザーに不利になるようサーバー側で操作されているのではないか? との疑いを払拭するために、ブロックチェーンの導入が検討されているという。
もう1つは、NPO法人「ソブリン・ファウンデーション(Sovrin Foundation)」が開発を進める「ソブリンDID(Distributed IDentity)」の事例だ。現在、人々はツイッターやグーグル、フェイスブックなどのさまざまなインターネット上のサービスの利用している。だが、これらのサービスの利用にはサービスごとのIDが必要であり、一企業の判断によってIDを失うリスクがある。ソブリンDIDは、各社のサービスからは独立したブロックチェーン上に個人のIDを登録し、サービス各社がそれを参照して利用することで、ネット上のIDを維持する仕組みだ。ソブリン・ファウンデーションの理事の1人でもある佐古氏は、「私たちが利用する多数のサービスごとにIDを持たされるクレイジーな世界を、もしかしたらブロックチェーンが解決してくれるかもしれない」と話す。
個人をエンパワーするテクノロジー
参加者からは、「ブロックチェーン技術が発展普及した後の使われ方の見通しはどうなるか? 公文書管理などの重要な場面で限定的に使われるものなのか、広く身近に使われていく種類のものか」「ブロックチェーンによって中央集権的にデータを管理する社会から分散型に変わったとき、国家やコミュニティはどうなるか」といった「大きな質問」も飛びだした。
これに対し佐古氏は、「『ブロックチェーン』を『インターネット』に置き換えて考えてみてほしい」と問い返す。「インターネットはある面で国境をなくし、私たちの生活を破壊的に変えました。ブロックチェーンはそれをさらに推し進める、補強する形で追随している」といい、その中で、1人ひとりがその意味を考えることが必要だと説く。
「ブロックチェーンを紐解くキーワードの1つに『透明性』があります。ブロックチェーンは、データ処理が正しいかどうかを検証可能にしてくれるものです。たとえば透明性が、これからの健全な社会に必要ならば、ブロックチェーンは重要な位置づけになるでしょうし、既得権を壊せるかもしれない。一方で、既得権益者はそれを妨害してくるかもしれません」(佐古氏)。
ブロックチェーンを使うことで社会が勝手に変わるわけではなく、人々が今後どんな社会をつくっていくのかを、まず考える必要があるということだ。
「暗号は弱い者の味方だと思っています。いまの社会は、大きな組織が本来私たちのものであるはずのデータを自由に使って搾取している状態だといえるのではないでしょうか。私たち個人が暗号によってエンパワーされ、主張を通せるような社会にしていきたい。サイコロの目を『信用』するのではなく、1人ひとりが『確認』できる社会にしていきたい」。佐古氏は講演の最後にこう話し、暗号の、そしてブロックチェーンの力に期待を寄せた。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。