兵器としての「量子技術」
激化する米中開発競争の行方
第二次世界大戦において暗号とレーダーが戦争の様相を変えたように、量子テクノロジーを用いた兵器が将来の戦争を大きく変える可能性がある。ステルス機を探知する量子レーダーや微弱な磁気の変位を検知できる量子コンパスなど、戦局を左右する量子兵器の開発競争が、米国と中国の間で始まっている。 by Martin Giles2019.03.01
1970年代の冷戦真っ只中、米国の軍事計画立案者は、ソ連などの新しいレーダー誘導型ミサイル防衛による米戦闘機への脅威について懸念し始めた。その対策として、米防衛大手ロッキード・マーチンの有名な「スカンク・ワークス(Skunk Works)」のような部門で働くエンジニアたちは、敵レーダーの探知から航空機を守るステルス技術の研究を強化した。
その結果、炭素系材料や新しい塗料だけでなく、米B-2ステルス爆撃機の「全翼機」(上の写真)のようなレーダー波をそらす奇抜なデザインなどのイノベーションが生まれた。とはいえ、ステルス技術は、まだハリーポッターに登場する「透明マント」ではない。最先端の戦闘機でも、レーダー波をわずかに反射する。反射されたレーダー波は極めて小さく微弱なため、バックグラウンドのノイズと区別できず、航空機が気づかれずに飛行できるだけなのだ。
冷戦後、中国とロシアは独自のステルス機を開発したが、性能は米国のステルス機の方が上だ。2003年に始まったイラク戦争で起こったような奇襲攻撃では、ステルス機によって米国は優位に立った。
この優位性がいま、脅かされている。2018年11月、中国最大の防衛電子機器企業である中国電子科技集団(China Electronics Technology Group Corporation:CETC)が、飛行中のステルス航空機を検出できると謳うレーダーのプロトタイプを発表した。このレーダーは航空機の位置を探知するのに、量子物理学の現象を用いている。
これは、量子に着想を得たテクノロジーの1つにすぎないが、量子テクノロジーは戦争の姿を変える可能性がある。ステルス航空機を探知できるようになるだけでなく、戦場での通信の安全性が強化され、潜水艦が探知されずに海中を航行できる能力にも影響を与えるかもしれない。米国も中国も、新たに訪れつつある量子の時代を、軍事技術で優位に立つ千載一遇のチャンスと見ており、量子テクノロジーの追究が、米中に新たな兵器開発競争を引き起こしている。
ステルス探知機
量子テクノロジーの進歩が軍事力に影響を与える時期については、ウォータールー大学(カナダ)のジョナサン・ボー准教授のような研究者の成果で決まるだろう。ボー准教授は、量子レーダーを開発する大きなプロジェクトの一部として、ある装置の開発に取り組んでいる。この装置を利用するのは、米国とカナダの共同組織である北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD:North American Aerospace Defense Command)のいくつかの北極圏基地だ。
ボー准教授の装置は、2つの光の粒子が単一の量子状態を共有する現象である「量子もつれ状態」にある光子対を生成する。光子対のそれぞれが遠く離れていたとしても、片方の光子に変化が起こると、瞬時にもう片方に影響が及ぶ。
量子レーダーは、生成したすべての光子対から1つの光子を取り出し、マイクロ波ビームで発射する。もう一方の光子は、レーダーシステムの中に保管しておく。
ステルス機にぶつかり、反射して戻ってくる光子は、発射された光子のほんの一部だ。従来のレーダーでは、戻ってきた光子を、自然界に存在する光子やレーダーかく乱装置によって作り出された光子と区別できない。しかし、量子レーダーでは、戻ってきた光子がレーダー内に保管された光子と量子もつれの状態にあるかどうかを確認できる。量子もつれの光子であることが確認されれば、その光子はレーダー基地から発射されたものに違いない。この仕組みによって、強大なバックグラウンドノイズの中で戻ってくる極めて微弱な信号でさえ検出できるようになる。
だが、まだ工学的に大きな課題があると、ボー准教授は警告する。極めて信頼性の高い「量子もつれ光子」の流れを作り出すことや、非常に高感度の検出器を作ることなどだ。2016年にはすでに自社の量子レーダーが最大100キロメートル離れた物体を検出していたと主張する中国電子科技集団が、こうした課題を解決したかどうかは不明だ。中国電子科技集団は、プロトタイプの技術的な詳細を秘密にしている。
量子レーダーの基礎となる理論を作り上げたマサチューセッツ工科大学(MIT)のセス・ロイド教授は、確固たる証拠がない以上、中国電子科技集団の主張は疑わしいという。だが、ロイド教授は、量子レーダーの持つ可能性 …
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