世界を「非中央集権化」する
イーサリアムの完璧な理想は
いつ証明できるのか?
一時は世間を熱狂させたイーサリアムだが、「クリプトキティ」事件でパフォーマンス問題が露見して以来、大規模な非中央集権型アプリケーションへの適用が疑問視されている。イーサリアムの創始者であるヴィタリック・ブテリンは新バージョン「イーサリアム2.0」で解決できるというが、理想を実現できるのだろうか。 by Mike Orcutt2019.02.19
2018年10月下旬のことだ。広大なプラハ会議センターの外では、天気が変わりつつあるだけでなく、暗号通貨の世界が崩壊しかけていた(実際、2018年の大半がそうだったが)。ほんの1年前、ブロックチェーン・システムへの期待は天井知らずだった。だが、期待に基づいて算出したコイン価格と同じくらいの速さで期待値が急落している。しかし、プラハ会議センターの中の雰囲気は大きく違っていた。イーサリアム財団主催の年一回の「親族会」的なイベントである「デブコン(Devcon:開発者会議)」が開かれ、非常な盛り上がりを見せていた。ましてや、否定的な意見など皆無だった。
それどころか、いたるところでユニコーンをテーマにした服を着た人たちがハグし合い、将来への期待に心躍らせているのが感じられた(イーサリアム財団に寄付をすると「ユニコーン」と呼ばれるトークンを受け取れる)。外で起こっていることなど誰も気にしていない。ここで起こっていることはすべて、魔法のインターネット通貨を超えたところのものなのだ。
イーサリアムは、すでにビットコインに次いでもっとも有名な暗号通貨であり、時価総額は第3位だ。だが、他の暗号通貨とは異なり、汎用のコンピューター・プラットホームになることを目的としている。イーサリアムによって、まったく新しい形の社会組織を作れるとイーサリアム支持者たちは信じている。デブコンの中心課題は、最終的にイーサリアム・ネットワークの本当の力を実現する革新的なアップグレードである「イーサリアム2.0」だ(日本版注:イーサリアム財団はイーサリアム2.0の第1段階となる「コンスタンチノープル」アップグレードを2019年1月中旬に予定していたが、セキュリティの問題が発見され、延期している)。
だが、実を言えば、プラハでの陽気さはすべて、イーサリアムの将来への難題を覆い隠すものだ。イーサリアム・ソフトウェアのメンテナンスを担当する一部の理想主義的な研究者や開発者、管理者は、ネットワークの成長を妨げる技術的な制約の克服をさらに強く求められている。同時に、潤沢な資金を持つ競合他社が台頭し、自分たちのブロックチェーンのパフォーマンスの方が上だと主張する。規制当局による取り締まりの強化や、ほとんどのブロックチェーン・アプリケーションが黄金期を迎えるにはほど遠いという現実が理解されるにつれ、大勢の暗号通貨投資家の間で懸念が高まっている。イーサリアムのドルベースの時価総額は、2018年1月のピークから90%以上も下落した。
こういった暗雲が去来する中でも、デブコンの雰囲気がイケイケに感じられるのは、イーサリアムの構築者が何か世界を変えるような大きな目標を持っているからだろう。その目標はまだ達成されていない。この寄せ集めのコミュニティは、直面する歯がゆいすべての技術的課題もそうだが、それらと同等に複雑な問題を解決しなければならない。それは、自らのガバナンス(統治)だ。暗号通貨コミュニティは、1つの組織やグループが中央で統制することのない「非中央集権化」を求めているが、その原則を犠牲にすることなく、貢献者と利害関係者が散在するグローバル・ネットワークを組織する方法を見つけなければならない。
実現可能だろうか?ビットコインなど他のブロックチェーン・コミュニティは、イーサリアムが計画している重要なソフトウェア・アップグレードの類の内紛や手詰まり感に苦しんでいる。イーサリアム・コミュニティがイーサリアム2.0を実現できるかどうかは、暗号通貨の投機家やブロックチェーン・オタクにとっては大して重要ではない。イーサリアム2.0は、社会がどう運営されているかの核心部分に向かっているのかもしれない。
クリプトキティズ効果
イーサリアムを取り巻く誇大な宣伝を理解するには、先にブロックチェーンを取り巻く一般的な誇大広告を認識し、それがイーサリアムとどう異なるのかを理解しなければならない。
ブロックチェーンは本質的には共有データベースであり、世界中のコンピューターに複数のコピーを保存している。こういったコンピューターは「ノード」と呼ばれる。インターネットに接続されたどんなコンピューターでも、ブロックチェーン・ネットワーク向けに開発されたソフトウェアをインストールして実行することでノードになれる。ブロックチェーンが通常のデータベースと異なる点は、暗号の革新的な使用により、銀行や政府などの中央機関がブロックチェーンを維持する必要がないことだ。各ノードがソフトウェアを実行し、すべての新しい取引が特定の規則に従っていることに合意が形成されると、その取引をブロックチェーンに追加する。
マイニング(採掘)と呼ばれるこのプロセスは、多くの計算能力を必要とする。このため、ブロックチェーンの取引記録を改ざんするのは困難となっている。改ざんするにはネットワークの採掘能力の大部分を制御しなければならず、膨大なリソースの消費が必要となるからである。したがって、理想的なブロックチェーンは「非中央集権化」されている。つまり、独立したユーザーが数多くいるため、誰も制御できないのだ。
最初にブロックチェーンを用いたサービスは、ピア・ツー・ピア決済システムのビットコインだった。イーサリアムは果敢にも、さらに一歩踏み出した。イーサリアムのノードは、単に通貨取引を処理して保存するだけでなく、専門のプログラミング言語を用いて、集団で「世界のコンピューター」として機能することになっている。「世界のコンピューター」上には、既存のスマホアプリのような見栄えや操作感のアプリケーションも構築できる。異なるのは、誰も管理していない点だ。
こういった非中央集権型アプリケーション「ダップス(dapps:decentralized applications)」には、投票システム、取引市場、さらにはソーシャル・ネットワークなどが考えられる。所有者のいないツイッターやフェイスブックのようなものだ。非中央集権化されると、理論上は、誰かに操作されたり閉鎖されたりすることがなくなる。イーサリアムの最も熱心な信者にとって、これらはまったく新しい種類の民主主義社会を示している。この社会では、富や権力が集中しづらく、汚職の隠蔽や、誰かが裏で糸を引くような行為もやりにくくなる。
1年前(暗号通貨社会では何世紀も前のことに思える)、投資家は有望なダップス構築プロジェクトに数十億ドルを投じていた。彼らは新規暗号通貨公開(ICO)を通じて投資をする。ICOは、ブロックチェーン企業の創業者が、デジタル・トークンを売却するクラウドファンディング・スタイルで資金を調達する手法である。イーサリアムの暗号トークンであるイーサ(Ether)などのコイン価格は高騰していた。ファンの多くは、ブロックチェーンと暗号通貨が、伝統的な金融仲介業者を速やかに排除し、独占的なインターネット企業を打ち負かして、Webを非中央集権化すると信じていた。
そこに、クリプトキティズ(CryptoKitties)が登場した。
高揚感を台無しにするのが幼稚なゲームだったのは、ちょうど良かったのかもしれない。2017年後半に発表されたクリプトキティズは、カラフルな漫画のネコで、1990年代に爆発的に流行ったぬいぐるみ動物「ビーニー・ベイビーズ(Beanie Babies)」のデジタル版といったところだ。ビーニー・ベイビーズのように、クリプトキティズはすべてに固有の特徴があるが、繁殖させられる点が異なる。それぞれの子ネコに固有の特徴は、特殊なトークンを用いてイーサリアム・ブロックチェーンで検証され、プレイヤーはイーサを使って、ネコの購入、売却、または「繁殖」ができる。
問題は、クリプトキティズの人気があまりにも急上昇してしまったことだ。ビーニーベイビーズと同様に、一部のキティの値付けが高騰し、17万ドル相当のイーサで取引されるようになってしまった。高額キティを繁殖しようとするプレイヤーが殺到し、取引量が激増して6倍にもなったため、ネットワークが詰まり、イーサリアムを停滞させてしまった。この事件で、真実が晒されてしまった。イーサリアムのテクノロジーは未熟で、大規模なダップスが必要とする負荷に耐えられないのだ。
「本当にみんな先走りしすぎたのだと思います」と、ジェイミー・ピッツは言う。私たちはデブコンでは傍観者の立場を取っていた。デブコンは、ピッツが雇われている非営利団体イーサリアム財団(スイス)によって資金提供と運営がなされている。同財団は肩書きが好きではないが、ピッツは財団の理事を務めていて、イーサリアム・ソフトウェアの技術改良を監視している。生きているネコの番をするような仕事だ。
穏やかな物腰で内向的なWeb開発者のピッツは、2013年にヴィタリック・ブテリンのホワイトペーパーを読んでからというもの、イーサリアムの熱狂的な信者だ(すべての暗号通貨は、技術的原則を概説したホワイトペーパーから始まる)。ただしピッツは、現在の機能について幻想は抱いていない。「70年代のファンキーなコンピューターのレベルです」と、ピッツは得意気に、愛情のこもった笑顔でいう。イーサリアムの謎めいた若きクリエイターであるブテリンは、もう少しましな例を挙げる。「ヘビゲーム(Snake)をプレイできる1999年以降のスマートフォンくらいでしょう」。
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