量子超大国を目指す中国で
「量子の父」と呼ばれる男
人工衛星を用いた超セキュアな量子ネットワークの構築に世界で初めて成功した中国は、情報科学の分野で新たに訪れつつある「量子の時代」で世界のリーダーとなるべく、国家規模で力を入れている。こうした取り組みの中心となる人物が、中国における「量子の父」と呼ばれる潘建偉教授である。 by Martin Giles2019.01.30
2017年9月29日、中国の科学実験衛星「墨子号」が、地球半周分も離れたウィーンと北京の2都市間でハッキング不可能なビデオ会議の開催に成功した。墨子号は、時速2万9000キロメートルで進みながら、北京から北東に車で数時間の距離にある興隆の地上局に向けて小さなデータパケットを送信した。その後1時間以内にオーストリアを通過する際、別のデータパケットをグラーツ市近くの地上局に送った。
墨子号が送信したデータパケットは、データ伝送を保護するための暗号鍵だった。この実験がひと際注目されたのは、衛星から送信された暗号鍵が繊細な量子状態にある光子の中で符号化されていたためだ。通信を傍受しようとするいかなる企ても、量子状態を壊して、情報を破壊し、ハッキングの痕跡を残してしまう。1と0を表す電気や光の信号の流れ、つまり読み取りや複製が可能な古典的な情報単位(ビット)で暗号鍵を送るよりはるかに安全な方法なのだ。
映像は量子ではなく従来の方法で暗号化されていたが、復号に量子鍵が必要だったため、安全性は保証されていた。墨子号による実験は、世界初の量子暗号を用いた大陸間ビデオ接続となった。
この功績を主導していたのが、「中国のカリフォルニア工科大学」として知られる中国科学技術大学 (USTC)の潘建偉(パン・ジエンウェイ)教授だ。一連のブレークスルーを生み出した48歳の潘教授は、中国科学界のスターダムを駆け上がった。潘教授の功績は習近平国家主席から賞賛され、地元メディアからしばしば「量子の父」と呼ばれている。
まだ黎明期にある量子情報通信と量子コンピューティングは、中国政府が2030年までにブレークスルーを期待する、テクノロジーの「メガプロジェクト」だ。米国が革命を起こしたコンピューティングや情報分野を独占しているように、中国政府は量子時代の始まりをリードするチャンスを見いだそうとしている。
2011年、これまででもっとも若い中国科学院の会員となった潘教授は、この取り組みの中心人物だ。
MITテクノロジーレビューとのインタビューで、潘教授は国際協調の重要性について述べた。しかし潘教授は、現在のテクノロジー状況を次なるステップに飛躍させるために、中国政府が独特の見方をしていることも明らかにした。「現代の情報科学が誕生した当時、中国はただの追従者であり、学習者でした。いまが(略)リーダーになるチャンスなのです」。
潘教授の野望の1つは、超セキュアな量子インターネットを構成する地球規模の衛星群(コンステレーション)を作ることだ。加えて、今後の課題として、強力な量子コンピューターの構築で中国が米国に追いつき、追い越すのを支援することを挙げている。量子コンピューターの基本単位はキュービット(量子ビット)だ。キュービットは、古典的なコンピューターの基本単位であるビットと異なり、1と0の量子状態を同時に占めることができる。量子もつれとして知られる極めて神秘的な現象を通してキュービットをリンクさせることで、量子コンピューターは処理能力を指数関数的に上げられるのだ。
将来的に量子コンピューターが実現したら、古典的なコンピューターでは負担が大きすぎる化学反応シミュレーションを実行して、新しい材料や医薬品を発見できる可能性がある。ほかにも、人工知能(AI)の能力が急速に向上するかもしれない。量子鍵配送(QKD) を用いた安全なネットワークが、金融取引の機密データや、最高の機密性を必要とする軍事作戦や軍事通信におけるデータの送信を実現する可能性もある。研究者たちは、人工衛星から信号に頼らずに潜水艦を航行できる量子センサーや、探知が難しいステルス機を発見できるような量子レーダーの開発にも取り組んでいる。
共同の取り組み
量子技術をめぐる米中の …
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