MITテクノロジーレビュー[日本版]が2018年11月30日に開催した「Future of Society Conference 2018」。「自動運転が『再設計』する都市生活の未来」をテーマとした本カンファレンスに登壇した明治大学専門職大学院法務研究科の中山幸二専任教授は、自動運転をめぐる法制度の最新動向を紹介した。
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「世界一実験がやりやすい場所」になった日本
2018年4月に設立された明治大学自動運転社会総合研究所の所長、私的団体「自動運転・法的インフラ研究会」代表も務める中山教授は、「自動運転と法」分野における第一人者だ。中山教授は講演冒頭、技術開発の進展と関連法規のこれまでの対応について整理した。
「法律はそもそも保守的な性格を持つ。特に事故責任などについては、具体的な事故が起きてから裁判例を蓄積し、それに基づいて法律を改正する流れになる。そのため、技術開発の急速な発展・実走に対して、関連法規の整備は後追いになり、遅れがちだ」(中山教授)。
自動運転をめぐる動きも同様だといい、2013年に大手メーカーが高速道路で自動運転を実験したときには、「『手放し運転は危険だ』だと国土交通省と警察庁からこっぴどく叱られた」と中山教授は当時を振り返る。
だがその直後に開催されたITS世界会議・東京モーターショーで状況は一変した。政府はITS(高度道路交通システム)の推進を成長戦略の重要な要素と位置づけ、実質的な規制緩和を始めたのだ。
「道路交通法を改正せずとも、実験ならば認める。ある意味で『黙認』するようになっていくわけです」(中山教授)。
さらに政府の動きは活発化する。内閣府主導の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」や、構造改革特区、総合特区、地方再生特区などの「特区」を活用した走行実験に対する規制緩和など、自動運転の技術開発を推進する環境が整えられていく。
こうした動きに歩調を合わせる形で警察庁も2015年10月、自動運転を実用化する上で必要な法律の改正課題や公道実験のガイドラインを検討する有識者検討会を設置、具体的な検討を始めた。そうした動きを経て、2016年時点で「公道での自動運転走行」に関しては、日本は『世界一やりやすい実験場』と形容されるほどに規制が緩和された状態となった。
自動車の運転をめぐる複雑な法体系
自動車の運転と交通に関する現行法は、道路法・道路構造令、道路交通法、道路運転車両法、道路運送法が基本法となっている。そしてその下に、規則、施行令、さらには通達など、網の目のように規制法が敷かれている。
これまでの法律上で定義される自動車は、運転者が常に責任を持って確実に操舵・加速・制動するものであり、道路交通法70条の安全運転義務として明確に記されている。ハンドルから手を離す、あるいはペダルから足を離す時点で、従来の道路交通法の範囲を逸脱してしまう。また、ステアリング、ブレーキペダルの位置なども明確に指定されており、それを前提に運転免許制が成り立っている。だから自動運転車が出てくると厄介なのだ。
加えて、無人タクシーならば道路運送法の旅客運送、高速道路での大型トラックの隊列走行となれば貨物運送事業法まで関わってくる。
「さらに、これらの法律はジュネーヴ条約に基づいており、条約の下に道路交通法があることから、『法律および条約が改正されなければ自動運転は実用化できない』というのが、従来の法律学の常識であり、規制官庁である警察庁の基本的な方針だった」(中山教授)。
一方、交通事故に関する法的責任はどうか。
「一般的には刑事責任と民事責任、それから行政法上の責任があります。刑事責任については懲役・罰金などの刑罰、民事責任については損害賠償が法律上は生じることになる。また道路交通法は行政法の性質を持っているため、道路交通法を著しく犯す場合には免許停止、免許取消などが行なわれるわけです」(中山教授)。
自動運転の出現がもたらす法制度の変革
だが、現実に自動運転車の開発は急速に進んでおり、法規制は変わらざるを得ない。
運転支援や自動運転の発展過程において、もっとも大きな変革が求められるのは道路交通法である。今後、各種走行支援システムにより、認知・判断・操縦に関わる「運転者」の責任を機械・システムが代替する範囲が拡大することになる。完全自動運転ともなれば、その責任もシステムへ移行しなければならず、現在の運転免許制度も変更する必要がある。
「さらにAIが進化すると、ロボットの疑似人格化が進む。法律上の責任主体としての『人』には、自然人、法人しかなかったが、そこに第三の責任主体を考える必要があるのではないか。2015年にJSAE(自動車技術会)でそのようなことを述べたとき、技術の世界の人からは『なるほど』との評価を得たが、法律の世界の人は歯牙にもかけない状況だった」(中山教授)。
だが、中山教授は「この1年で状況は大きく代わりつつある」ともいう。最近の法哲学の世界、あるいは刑法学の世界では、特にドイツ刑法学の議論に引っ張られ、ロボットの処罰可能性、刑事責任に関する議論がわき起こっているという。ただし、「これは比較的遠い未来の話」と中山教授は付け加えた。
ジュネーヴ条約とウィーン条約の「ねじれ」
近い将来に話を戻すと、道路交通条約をめぐる現状を知り、いかに解釈していくかが、自動運転の実用化にもっとも大きく関連してくると中山教授はいう。注目は道路交通に関する2つの条約だ。
1つは、第二次世界大戦後の1949年に発効したジュネーヴ条約である。現在97カ国が加盟し、日本も批准しているジュネーヴ条約では、運転者が必ずいなければならない、常に適性に車両を制御しなければならないと記されており、日本の道路交通法もこれに対応している。
もう1つは、1968年にヨーロッパを中心に締結されたウィーン条約だ。現在の加盟国は73カ国で、日本や米国は加盟していない。ウィーン条約もやはり運転者がいることが前提となっているものの、2014年3月に改正され(発効は2016年3月23日)、「これまでの条文は残した上で、走行支援あるいは自動運転システムを、運転車がオーバーライドできる、あるいはスイッチオフできる限りは、運転者が運転するものとみなすとの規定が追加された」(中山教授)。
一方、日本が加盟するジュネーブ条約も、欧州経済委員会の作業部会(WP1)で同様の改正案が提案されたが、改正に必要な加盟国の3分の2の賛成が得られず、頓挫する形となった。
このウィーン条約とジュネーヴ条約の「ねじれ」を受けてどうするかが肝心だと中山教授はいう。
ドイツなどはすでにウィーン条約の改正を受けて、国内法の道路交通法も、自動運転を許容する方向に転換しているという。他の欧州諸国も方向性は同じだ。日本と同じジュネーヴ条約加盟国の米国では道路交通法は州の管轄であり、各州に判断が委ねられている。ほとんどの州では自動運転を許容する法律が作られているという。中国はもともと条約に加盟していないため、縛りがない。
「これまで欧州・米国・日本の3極会議といわれてきたが、最近は中国も加わり、実質的には4極になっている。条約改正への対応が遅れると、そのうち日本だけが取り残されて、新3極になってしまうのではないか」と中山教授は危惧する。
「すでに国際的なデファクトスタンダードとしては自動運転システムを許容しているものと解釈して、日本も技術開発と国内法の整備を進めていくのが得策なのではないか」と続けた。
2018年6月に開催されたWP1の自動運転分科会では「ウィーン条約で成立した改正の内容がジュネーブ条約にも適用されることを確認した」とされ、9月にはそれを明文化したレコメンデーション(勧告)が採択されて10月3日の公表に至っている。
「ジュネーブ条約の改正を経ることなく、勧告に基づいて、すなわち国際合意がなされたことに基づいて、国内法である道路交通法を改正できるというのが私の解釈。ジュネーヴ条約を日本が自ら改正しようと思ってもできない以上、道路交通法をいま改正しなければ、いつまでも改正できない」と中山教授は主張した。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。