KADOKAWA Technology Review
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How Network Neuroscience Is Creating a New Era of Mind Control

電気刺激でどこまでマインドコントロールできるか?

人間の脳は複雑なネットワークだ。だからこそ神経科学者はネットワーク理論を使って精神を制御しようとしている。 by Emerging Technology from the arXiv2016.10.20

複雑なネットワークがインターネット、航空ネットワーク、個人間の接続パターンなど、現代社会の根幹を形作っている。さらに、遺伝子が細胞内で相互作用する方法、どのように情報が銀行システム内を流れるかや生態系など、もっと複雑な例が次々に出現している。

システムがより複雑であるほど、制御するのも難しくなる。にもかかわらず、コンピューター科学者や医者、経済学者等は、このようなネットワークのささやかな制御権を握っている。

このことは面白い問題を提起する。同じような制御は、最も複雑なネットワークである人間の脳でも可能だろうか?

10月19日、ペンシルベニア大学(フィラデルフィア)のジョン・メダグリア助教授の研究チームのおかげで、答えらきしものがわかった。研究チームは、ネットワーク神経科学とネットワーク制御理論が交差する地点に出現した学問分野を検証したのだ。

「重要な疑問は、いかに人間の脳のネットワークを変調し、認知的な欠陥を治療したり、知的機能を高めたりするかです。このネットワーク制御は、根本的にはマインド・コントロールと関連すると私たちは断言します」

この種の制御の背景にある基本的なアイデアは単純だ。エネルギーをネットワークのある部分に注入すれば、ネットワークの他の部分の活動にも影響が及ぶはず、と考えるのだ。

脳の中で、この種の操作は、たとえばパーキンソン病に対する手法など、すでに深部脳刺激(動作の悪化の緩和するために、動作に関係する脳の大脳基底核と呼ばれる部分に電気信号を送る)という手法で使われている。

似たような手法は、同じ行動を繰り返そうとする圧倒的な衝動に駆られる強迫性障害(脳の前頭葉から線条体への回路で起きる異常な電気活動と関連していることが多い)の治療にも使われている。深部脳刺激は異常な電気活動を通常化することで、大幅に生活の質を向上できる。

この種の手法の成功にもかかわらず、研究チームは、他の行動を制御することには重大な課題があると指摘する。問題のひとつは、刺激は脳の一部にだけ影響するのではなく、さまざまな部分に次々と伝達する傾向があり、またその広がり方の特性をつかみにくいことだ。

したがって、脳の中のつながりを理解することが、重要な将来の目標になる。脳の中の構造的経路の地図を作ることは、世界中で研究されているさまざまな「コネクトーム」プロジェクトの目標だ。

脳は異なる制御戦略を使うことがわかっている。こうしたそれぞれの戦略がマインド・コントロールの標的となりうる。

神経科学では、たとえば、全頭頂部システムは私たちの作業を切り替える行動を制御する、と考えられている。興味深いことに、全頭頂部システムは脳の他の部分と強くつながってはいないが、理論上の研究によると、一種のエネルギー地形に沿って脳を到達しがたい状態へと動かすことで、制御されているようだと証明されている。つまり、マインド・コントロールのひとつの手段は、電気刺激によって、脳をエネルギー地形上で誘導することなのかもしれない。

この誘導がどのように実行可能かは完全には明らかになっていないが、使える可能性があるテクノロジーはいくつか存在する。外部磁場を用いて脳に部分的に電流を引き起こす経頭蓋磁気刺激や、電気信号を直接送信するさまざまな埋め込み式の刺激装置がある。この種の電気刺激の方法を改善することは、将来の重要目標だ。

脳制御の議論を倫理的観点に触れずには終われない。研究チームは、倫理的な話題について、現在の考えを概説することにも時間を費やしている。研究チームは議論の基盤を、医療と研究倫理に関する、無加害、慈善、正義、そして自己決定の権利という4つの基本理念に置いている。

倫理的な論点は、新手法の出現によって進化しなければならない分野だ。「マインド・コントロールの科学が進歩するにつれて、私たちの根源的な性質、そして自己同一性に関連して、容認できる制御方法を明確にすることが重要になるでしょう」と研究チームはいう。

もうひとつ考えさせられる目標は、神経制御と心理的制御の間のつながりを理解することだ。「脳の力関係と特定の認知処理の間の地図を読み解くことは、心理的(たとえば「精神」)制御の理解に促進する重要な要素です」と研究チームはいう。

この点については、この研究に重大な盲点がある。それは情報の役割だ。精神の処理は明らかに情報を基盤にしている。そして心理学の大部分が、いかに情報が脳の状態を変えられるかに焦点を当てている。たとえば、映画を観たり、本を読んだりすることで感情的状態が変わる。

これは情報に基づくマインド・コントロールだ。しかし、研究チームは、このような種類の情報を基盤とする影響については触れていない。

これは当然かもしれない。脳の処理で、情報の役割はほとんど明らかになっていないからだ。神経科医は、私たちの脳の中で働いている神経のコードさえ解明していない。

その点や他のことを解明するまで、現在の手法は荒削りにのままだろう。たとえてみれば、うまく機能しないスマホを、電極をいくつか取りつけて電流を流すことで直そうとしたり、障害が発生したWebサイトを強力な外部磁場を使って修理しようとする者がいないのと同じだ。実際、この方法で対処できるのは、起こりうる情報テクノロジーの機能不全のうちのほんの少しだけだ。

人間の脳についても同様のことがいえる。情報に基づく手法は、ずっと効力があるだろう。

情報と精神の間のつながりは現在、ほとんど理解されていない。もしこの種の研究が将来的に使える遺産として理解の向上をもたらすなら、それは前進に繋がる重要な一歩になるだろう。

参照:arxiv.org/abs/1610.04134:マインド・コントロール:頭脳案内の最先端

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