アルファベットとジョンソン・エンド・ジョンソンが目指す「神の手を持つ外科医ロボ」
アルファベット(グーグル)とジョンソン・エンド・ジョンソンは人工知能による器用なロボットが、外科医の生産性を高めるという。 by Tom Simonite2016.10.17
インテュイティブ・サージカルの手術ロボット「ダ・ヴィンチ」の技能は驚異的だ。昨年、米国の外科医はダ・ヴィンチの大型かつ精密なアームを操作して50万件近くの手術をした。米国の病院の4分の1は1台以上のロボットを所有しており、世界中のロボットによる手術のほとんどをこなし、(術後回復の早い)最小侵襲手術を普及させたと評価されている。
しかし先月末、ロボット業界のカンファレンスであるロボビジネスで発表された、グーグルの親会社アルファベットとジョンソン・エンド・ジョンソンの秘密の合弁会社であるバーブ・サージカルの幹部による構想を見ると、ダ・ヴィンチが時代遅れに見えてくる。
カンファレンス参加者は平均販売価格154万ドルのダ・ヴィンチは高額だし大きすぎると不満を漏らす。バーブのパブロ・ガルシア=キルロイ副社長(研究テクノロジー担当)によると、ダ・ヴィンチは素晴らしい道具だが、能力は低く外科手術を広範囲には変えていない。キルロイ副社長はさらに、ダ・ヴィンチは外科医の繊細な動作を補助してくれるが、腕のよい外科医の決め手になる認知能力までは補助しない、という。
インテュイティブのペイジ・ビショフ副社長(グローバル広報担当)は「手術で重要なのは、視覚と手の協調だけではありません。執刀者がいかに腫瘍、神経や血管などの身体構造を認識し、手術の方法を理解しているかが大切なのです」という。ビショフ副社長によると、350万台ほど出回っているダ・ヴィンチの「多く」は、がん等の複雑な手術に使われている。
バーブは、ダ・ヴィンチよりも水準が高く幅広く使えるロボット手術用の製品を開発中だ。ガルシア副社長は製品については説明せず、バーブは年内に完成する操作可能な試作機も一般には公開しないという。しかし、ガルシア副社長は次世代のロボット手術に必要な重要な特徴を示した。ヒントは、ガルシア副社長と共同発明者が出願した特許にある。
バーブの優先事項のひとつは、人工知能によって、外科医が患者の身体状態を理解する補助をすることだ。現在使われているロボットはただ単に外科医に映像を見せるだけだ。グーグルが画像検索に使っているような人工ニューラルネットワークを使えば、配信されてくる生態構造の画像に注釈をつけたり、腫瘍の境界などを提示したりできる、とガルシア副社長はいう。実現すれば、通常、外科医が何千回も手術を経験して得る専門技能をどの執刀医にも提供できる。
バーブは、ダ・ヴィンチよりもかなり安価にロボットを提供するつもりだ。ガルシア副社長は機械のサイズを小さくし、インターネット接続可能にすることを考えている。そうすれば、外科医の技能や指導方法の向上を短時間で実現できる。
グーグルの研究者は、最近複数のロボットに、それぞれが学んだことを共有させることで、複雑な技能を短時間でロボットソフトウェアに学習させることに成功した(「グーグルの集団思考ロボット まずはドアの開け方を学習中」参照)が、ガルシア副社長は「外科手術でも同じようなことが起きています」という。
2015年度に設立されたばかりのバーブだが、ロボット工学テクノロジーに関しては4年近くの開発実績がある。バーブの事業は、グーグルの医療系子会社ベリリ(「グーグルライフサイエンス」プロジェクトのスピンオフ)とジョンソン・エンド・ジョンソンの医療機器子会社エチコンの合弁で設立された。エチコンは非営利研究ラボのSRIインターナショナルと手術用ロボットの開発に取り組んでおり、バーブが技術をライセンス契約した。
バーブの社員のうちの数名は、以前はSRIインターナショナルの社員で、その中にはガルシア副社長とカレン・シェークスピア・コーニング研究所長も含まれる。ガルシア副社長とコーニング研究所長は「非常に器用な手術システム」や「コンパクトなロボット手首」といった2013年の特許の出願者でもある。
特許によると、システムは現存の手術用ロボットより多くの可動関節を備えることで、小型で高性能のロボットを製造できる。この特徴により現存のロボットの問題のひとつである「アームが大きすぎて操作範囲が制限され、患者の体内の「死角部分」に届かない」点が回避できるという。SRIインターナショナルはバーブとライセンス契約した技術に関して詳細の公表を拒否している。
ピッツバーグ大学医学部で頭頸部ロボット手術部長を務めるウママヘシュワ・ドュブリ助教授によると、バーブはビジネス構築と医療の改善に必要な条件を正確に特定した。ダ・ヴィンチは前立腺手術や子宮摘出のような一部の比較的単純な手術に使われることがほとんどだとドュブリ助教授はいう。ある調査によると、ロボット使用は予後もコストもそれ程改善されない。非営利団体ECRI協会によると、臨床証拠から導かれた術後の質は「悪いから普通」の間だ。
ドュブリ助教授は、執刀医の考えに運動制御を加えたロボットシステムを使えば幅広い手術ができ、結果の改善も見込めるという。
「腕のよい外科医を素晴らしい医師のレベルまで上げ、患者により良いケアを提供したいと思うなら、こういったアプローチが必要なのです」
バーブのガルシア副社長には、さらに、ある程度のロボット手術を自動化することで手術の生産性を高める構想もある。1人の外科医が、ロボットと、あまり経験を積んでいないスタッフを監督しながら複数の手術ができるかもしれない。
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クレジット | Image courtesy of SRI International |
- トム サイモナイト [Tom Simonite]米国版 サンフランシスコ支局長
- MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。